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[29 10 月 2010 | No Comment | | ]

神谷秀樹さんの「ゴールドマン・サックス研究」(文春新書)を読んだ。著者は元ゴールドマン・サックス証券の社員でその後独立して会社経営を行っている方で、その他の著書では「強欲資本主義 ウォール街の自爆」(文春新書)、「強欲資本主義を超えて 17歳からのルネサンス」(ディスカバー携書)などの本もある。いずれも底流で共通している認識は、いわゆるリーマン・ショックに至る一連の金融危機は実業が必要とする以上にお金が溢れてしまった状況(過剰流動性)のなかで、やがてお金がお金のための増殖に向かった結果起こるべくして起こった事件=危機であり、その後なんら本質的な解決がなされないまま次の崩壊に向かっているという苦い認識だと思う。
これは比較的つい最近まで金融に身を置いていたぼく(今はそういう意味では実業に移ったが)も同じくする考え方だ。いわば金融業界が壮大な詐欺まがいのことを行っていたのだが、胴元の張本人たちはその責任をとらず(小粒のリーマンが潰れたりはしたが)、国がいまなお膨大な借金の肩代わりを行い、さらに言えばそのツケを各国の国民が負わされてしまっているという構図。広い意味でギリシャ危機もそうした連鎖の一つだと思う。
そのような結果としてたとえば神谷さんの目に映るアメリカの現状は次のようなものだ。以下本文から抜粋する。
「自動車産業の中心だったデトロイト市では人口が200万人から80万人に激減した。・・一軒家の平均価格が1万5000ドル。それでも買い手が現れない。カリフォルニア州の市には、自前の警察を維持できなくなり、これを廃止し、手数料を支払って隣の市の警察に警察業を請け負ってもらうところも出てきた。ハワイ州ではとうとう学校を週4日制にしなければならないという(最近ぼくは夏休みで行ってきたばかりだ!)。私が住むニュージャージー州でも、校長と教頭と二人居るところは一人にするという発表があった。ごみの収集日も減った。・・・」
これは神谷さんの目に映っている日常茶飯のアメリカの実情だろう。だがこうした実情をめぐる報道は今の日本のメインのニュース番組ではおそらく決して流されることはない。一時住む家を追われてテント暮らしをしているアメリカ人たちの様子をTVで流していた時期もあったが、今はまったく報道されなくなったといっていいだろう。何も終わったわけではないのだが。
ここにはアメリカからの報道当局への無言?の圧力規制やスポンサーの意向などもあるかもしれない。あまりネガティブ報道をしてくれるなといったような・・・。それよりも、喉元を過ぎれば熱さを忘れるで、もう次の成長ネタを探すことに新聞もテレビも興味の主力が移っているように見える。
やれ中国や新興国の需要を取り込め、次の市場と成長に遅れるな、日本が遅れつつあって取り残されてきている、それもこれも構造改革をしないからだ、なんだかんだ、etc.・・・・。特に日経新聞の論調などによると資本市場は一貫して正しく、それに乗り遅れているのは日本がいわゆる古い体質を払拭できず、構造改革を行っていないからだということになるのだろう。
だが、はたしてそうなのだろうか。それよりも論調以前の対応として、上記のような金融に翻弄された結果として当たり前の辛く厳しい生活の実態や事実をまず継続的に報道することからすべては始まるのではないか。そうした事実の提供を受けてそのあとどう考えるかは各自の自由だ。
そのような先ずもって手つかずの報道を行わないとしたら、どこに時事を担うマスコミの本分があるのだろう。いまのマスコミはなにか非常に見えにくい形で上手に統制がとれているようだ。まるで戦時中の大政翼賛会のよう。報道しないということにかけてはどの新聞社もテレビ局も同じように見える。あるいはその逆もある。小沢一郎を叩く時の姿勢などはどれも一様だ。
ぼくが高校生の時にベトナム戦争が収束したのだけど、あの当時のマスコミにはもっと各社各様の報道姿勢の違いがあったように記憶している。政府寄りであろうとなかろうと、いろんな見方の提示があったと思うのだ。なによりも直接現場に行って見て報道しようという姿勢がまだ強く残っていたと思う。
だけど特に湾岸戦争からいわゆる9.11以後、イラク、アフガニスタン紛争にしても肝心のことはまったく報道されなくなったように思う。ニュースソースがCNNやブルームバーグやロイターなどのお抱え通信社?に限られて、どこも独自ルートでの聴取がなくなり、結果「同じ報道」になっているように見えて仕方がない。少なくとも日本が劣化しているというなら、同じようにいやそれ以上に報道とマスコミが劣化しているのだと思う。
TVの番組といえば吉本の芸人を使ったお笑い番組が席巻するかあまり予算のかからない旅番組や料理番組ばかり。新聞記事もいつも同じ市場と成長と構造改革のテーマのくりかえしだ。しかも自由でなければならないマスコミのはずが、まさむねさんも以前指摘していたことだけど、既得権益に守られている自分たちのことはその歪みや問題点としては決して取り上げることはない。だいいちTV局と新聞社が未だに同じ資本系列でつながっているなんてマスコミ本来の役割である中立の視点からいってもあってはならないことだろう。
加えてマスコミの姿勢は起こったことについては過去のこととしてそれ以上考えさせまいとし、たえず目先のこれからばかりに話題をすり替えてゆくだけのように見える。鮮度が大事。それと一斉に同じテーマでの報道という意味では、最近では地球温暖化であり生物多様性ということになる。これも不思議でしょうがない。みんな実際に見て事実の検証をしたわけでもないだろうになぜ同じ報道のテーマになるのだろう。陰謀論は好きではないが、なにか陰でそれを煽りたがる一つの意思が働いているとしか思えない。
現代がますます差別化しにくく金太郎飴的になっているのだとしたら、マスコミもその例外ではない。もっと加速しているとも言える。少なくとも今のマスコミ(TV局や新聞社)はオピニオンを形づくるだけの品位も知性もすでに喪失しているのだと思う。
さらに言えばまさむねさんも以前のエントリー記事で書いていたことだけど、その国の政治とはけっきょく民度以上のものにはならないということにも通じるのかもしれない。けっきょくそういうマスコミになってしまっているのはぼくらの民度がそうさせてしまっているということでもあるのだろうか。とても残念なことだと思う。
よしむね

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[28 10 月 2010 | No Comment | | ]

様々なジャンルで達人というのはいるものだ。
高階秀爾氏は今更言うまでもなく、西洋近代絵画に対する造詣の深さに関しては右に出るものがいない達人である。以前にも「キース・ジャレットとブリジット・フォンテーヌ。そして姉貴」というエントリーで書いたことがあるのだが、僕の姉は芸術系の大学院に行っていたのだが、僕が学生の頃に、姉の口から飛び出す高階秀爾や若桑みどりといった名前は、それこそ憧れの的であった。おそらく、当時(70年代後半)から、高階秀爾氏は、そのキリッとした容姿と明快な論理、上品な物言いによって、日本の知的階級の象徴のような存在だったのである。
『誰も知らない「名画の見方」』 (小学館101ビジュアル新書)は、その達人の芸を、僕ら素人に分りやすく解説してくれている絵画鑑賞の入門書である。ただ、それだけの本ではない。
その高階氏はこの本の「はじめに」でこう語る。
多くの作品に接し、互いに比較し、また歴史や背景を探っていくうちに、まるで山道を突然、眺望が開けるように、今まで気づかなかった新しい視点が浮かび上がってくる。それは思いがけない細部の特質であったり、歴史とのつながりや、あるいは画家の仕掛けた密かな企みなど、さまざまだが、そのことに気づいて改めて絵を見直してみると、そこに新たな発見があり、理解が深まり、喜びと感動は倍加する。「絵の見方」というようなものがもしあるとすれば、そのような視点を見出すことに他ならないだろう。
おそらく、このように語る高階氏は、まぎれもなく”おたく(≒オタク)”である。その視線の先に西洋絵画があるか、アニメや漫画があるのかの違いはあるかもしれないが、この本は、僕らの世代の”おたく”にとっても、現代の”オタク”にとっても、こぞって「対象物をいかに深読みすべきか」ということを学ぶための技術論になっているのだ。
これがこの本の凄いところである。
例えば、一番目の『「もっともらしさ」の秘訣』では、フェルメールやベラスケスの絵をとりあげ、彼らにとって、写実というものは、「見たままを描く」のではなく、「写実的に見えるように描く」のだということを解き明かしてゆく。具体的に言えば、フェルメールの「真珠の耳飾の少女」の少女の左の瞳に描かれた「不自然で人為的な」白い点が例にとられている。
高階氏は語る。
そのことによって、瞳はたんに外光に反応する肉体の一器官としての「目」ではなく、内部に精神を宿した「まなざし」となる。そのとき画家は、自分が見た対象としてではなく、画家を見ている「人間」を描くことに成功したのである。
また、こうも語る。
絵を前にしたとき、それが一見、写実的な作品であるならば、その画面にはどこかに画家の工夫が隠されていると思って間違いないだろう。ある画家がどのような工夫を凝らしたのか、そのポイントを見つけるのが、写実絵画を鑑賞する際の醍醐味といえるだろう。
僕は高階氏のこうったロマンチックかつ、冷徹な言い切りが好きだ。
「リアル」に感動するというよりも「リアリティ」の文法を解き明かそうとする高階氏の姿勢は、例えば、プロレスを見るときに、レスラー達の実際の「痛み」に共感する見方ではなく、痛さを伝えるレスラーの技術に納得するという「目利き」の基本姿勢に通じるからだ。
繰り返しになるが、この、ものを見る姿勢(そして技術)こそが、本のテーマであり、それは、極めて優れたおたく(≒オタク)のための”深読み基礎講座”でもあるのだ。
まさむね

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[26 10 月 2010 | No Comment | | ]

片田珠美の『一億総ガキ社会 「成熟拒否」という病 (光文社新書) 』を読んだ。題名を見るとすぐに内容がわかる本だという位の認識で読み始めたのだが、これが読み応えがある。
さすが、現役の精神分析医だけあって、現代日本の精神分析には説得力がある。80年代に流行った岸田秀の「ものぐさ精神分析」の破天荒さとは比べると大人しさは否めないが、それは仕方がないだろう。岸田先生の精神分析は彼の一代芸のようなものだからである。
さて、この『一億総ガキ社会』の中にはいくつかの「考えるヒント」が含まれている。読後、しばらく考えさせられるのだ。例えば、現代社会についてのこんな箇所がある。
もっとも、よく考えてみれば、我々は、実はこういう社会を望んでいたのではなかったか。人があまり死なず、規範から解放された自由な社会、そしてお金さえあれば欲しいものが手に入る豊かな消費社会を。欲望を実現させてみたら、社会全体に思いがけぬ副作用が出ただけの話である。
確かにその通りかもしれない。おそらく、僕らの一世代、二世代前の人々の欲望がいつの間にか実現したのが現代なのである。
現代社会は人々に「あきらめる」ことをさせない時代であると、この『一億総ガキ社会』は何度も繰り返している。
かつては「あきらめる」=「明める」=「世の中というものが分る」=「分をわきまえて生きる」ことだった。例えば、禅の思想家・鈴木大拙もその著作で「あきらめる」ことの大切さを語っていたように記憶する。
しかし、いつの間にか、その「あきらめる」ということが悪いことのようになってしまった。
それは欲望に忠実に生きることこそ正しい生き方なのだということとほぼ同意である。
そしてそれは、向上するのが当たり前という価値観ともシンクロしている。
しかし、日本人はそれで本当に幸せになれたのだろうか。「風呂の水をながしていて一緒に赤ちゃんも流してしまうような~」という言い方があるが、まさしく僕らは「赤ちゃん」のように一緒に「幸福感」も流してしまったのではないだろうか。おそらく誰しもがそんなことを薄々感づいているのが現代なのである。
しかし、僕らは一方で、失望ばかりしているわけではない。もしも、現代が二世代位前の日本人の欲望だとしたら、50年後には、今の若者の欲望する方向になっているにちがいないからである。
例えば、今の若者の間には、「リア充」という言葉がある。それはリアル社会で充実している人々という意味らしいのだが、その充実の要素には決して、出世や物欲などは含まれてはいないという。それよりも、友達と楽しく時を過ごすセンスの方が大事だというのだ。
もしそれが、次の時代の日本社会の価値観だとするならば、それはそれで、決して住みにくい世の中ではないのではないか。
切磋琢磨しながら、周りと競争しながら、世界の一流国でありつづけようとする戦略よりもそれは、よほど成熟しているではないか。
もちろん、それによって、現代、当たり前に享受している様々なサービスは受けられなくなるかもしれないし、プライドのレベルも下げざるを得ないかもしれない。
しかし、それでもいいのではないだろうか、面被りクロールはそろそろ終わりにしてもいいのではないだろうか...
秋の夜長は、とフッそんなことを僕に思わせる。
まさむね

ビートルズ, 書評 »

[17 10 月 2010 | No Comment | | ]

ビートルズが世界的な成功を収めるために、彼らはその本拠地をリバプールからロンドンに移した。しかし、そこは彼らにとってどうしても馴染めない街であった。「ビートルズ都市論」(福屋利信著)で、ハンブルグの次に取り上げるのがロンドンである。
僕は以前、ロンドンから汽車で1時間半位のケンブリッジという街に1ヶ月位寝泊りしたことがあった。ゲームの製作進行状況のチェックのために、現地に滞在したのだ。
その時、ある日本人女性に通訳についてもらった。彼女は時々、自分のことを語ってくれた。
彼女は日本にいた頃、美智子妃殿下と同級生であったいう。
そして美智子さまから結婚について相談され、「止めちゃいなさいよ」と助言したというが、結局、美智子さまは皇室に入られたというのだ。
この話がウソか本当かなどということは、今となっては確かめようもないが、そんな彼女は、ゲーム製作会社のスタッフ達が、どの階級出身者なのかを思いの他、気にしていて、僕にいちいち教えてくれたのを覚えている。
彼女いわく、言葉遣い、吸っているタバコ、読んでいる新聞、そしてなんと、身体の姿勢で、大体、その人の出身階級がわかるというのだ。
ゲーム製作会社というのは、出身階級というよりは好きで社員になっている人が比較的多い。逆に、だからこそ、裏では彼らはお互いの出身階級を確認しあい、無用なトラブルを避けるというのが暗黙のルールなのだ。だから、そういった階級詮索はむしろお互いのためなのだというのが彼女の話だった。
日本ではありえない話だが、それが階級社会のイギリスの現実なのであろう。その時僕は、そう思った。
僕が「ビートルズ都市論」の中で最も興味深く読んだのが実はこのロンドンの章である。
ビートルズの4人の中で、ロンドン子を恋人にしたのがポールとジョージである。ポールの相手は絵に描いたような上流階級の娘、ジェーン・アッシャー、ジョージの相手はトップモデルのパティ・ボイドである。二人は当時のロンドンの新しい価値観(この本の中ではスィンギングロンドンと表現している)を体現した娘であったのだ。
確かに、ジェーンもパティも、男性を陰で支え、従順に生きるような古い価値観の女性ではなかったようだ。二人とも当時としては、自立して生きることを当然と考えるような革新的な女性だったのである。
勿論、ビートルズ達はそういった革新性に対して、表面的には同調していたに違いない。しかし、彼女達、そしてビートルズ達の中には、そういった意識改革ではどうしても消すことの出来ない保守的な部分が残っていた。それがイギリスの階級制度なのである。
この本の中の下記の部分は僕にとっていささかショッキングだった。
パティはジョージの実家を初めて訪れたとき、「ジョージと私はお互いにかなり違った環境で育ったことに気づいた」と告白している。イギリス人には、常に他者の社会階層を何よりも優先的に意識する習慣が染み付いている。夫婦間であってもその習慣は働いてしまうのであろう。・・・そのことに罪悪感はないし、相手の階層が自分の階層と異なるとわかれば、相手の生活習慣を侵害しないように心がける。日本人にとってネガティブに捉えられがちなパティの告白は、イギリス社会においては日常の一部なのである。ビートルズは個人生活においては、結局のところ階級の壁を越えられなかった。
実のところ、僕は、彼らの作った歌の歌詞の中に、時々、どうしようもない保守性を感じることがある。
例えば、ジョンが作った「Run For Your Life」、ポールの「Another Girl」などが典型である。女性に対してジョンは時として暴力的だし、ポールは同様にあまりにも自分勝手な面があるのである。
それにしても、それはビートルズだけではない。僕らも、時として因習を引きずって生きていかざるを得ない。それは自分が意識をしようとしまいとそうしてしまうのである。
ビートルズの歌はそのメッセージとして「自分らしく生きる」ことを僕らに伝えてくれた。
しかし、それは簡単なことではない。「自分らしさ」というのは何なのか、本当に何の制約もない「自分らしい」ことなどあるのだろうか、そういった苦悩をもメッセージの裏側に貼り付けて僕らに投げつけたのがビートルズなのだ。
あまりにも有名な話であるが、1963年、「ロイヤルバラエティパフォーマンス」でジョンが「一般席の人々は拍手を、残りの人々は宝石をじゃらじゃらならしてください」と言った。そして、彼はそれを言った後に、微妙な笑顔をしながら、おそらく無意識だろう、首をすくめて、一瞬、低い姿勢になる。
僕は、その映像を見るたびに、ケンブリッジで会った通訳の女性が言った「姿勢を見れば階級がわかるのよ。」という言葉を思い出す。ジョンは「レボリューション」のメッセージとして、Change your head(君の頭を変えろ)と歌ったが、実は頭を変える以上に、咄嗟の身体の所作を変えることのほうがよほど難しいのかもしれないと思うのであった。
まさむね
「ビートルズ都市論」(1) 労働者の町・リバプール
「ビートルズ都市論」(2) 野生と知性の街ハンブルグ
「ビートルズ都市論」(3) 彼らには冷たかったロンドン

ビートルズ, 書評 »

[16 10 月 2010 | 2 Comments | | ]

ハンブルグとビートルズ。「ビートルズ都市論」(福屋利信著)がリバプールに次いで取り上げているのが、ビートルズが修行時代に過ごしたハンブルグだ。
実は、ここでも僕は一つ告白しなければならない。僕はハンブルグに行ったことがあるかもしれないのだ。いや、実はフランクフルトだったかもしれない。土曜日の朝に成田を発ち、13時間かけてドイツに着き、現地で打ち合わせをして一晩して、月曜日の朝に成田に戻るという出張をしたことがあるのだ。
そんなバタバタの旅だったから、しかもそれは15年も前の話だから、そこがフランクフルトだったのか、ハンブルグだったのか曖昧なのだ。ただ、その町には確実にポルノ街があった。現地の会社の人にタクシーの中でそんな話を聞いた記憶がある。
もしかしたら、そのあたりは、ビートルズが修行したレパーバーンだったのかも...これはあくまでも願望だが。
ビートルズがハンブルグで修行をした時代、そのレパーバーンは、船乗り、不良、売春婦達のたまり場だったという。ビートルズはストリップ小屋でストリッパーの前座としてステージに上がっていたのだ。客の視線をなんとか自分達に惹きつけるため、あらゆることをしたとジョンは述懐している。
イギリスにこもっていたら、絶対にあんなに成長しなかったね。ハンブルグじゃ思いついたことを何でもやるしかなかった。
しかし、彼らがハンブルグで得たものはそうした最悪の状況で身についたバンドとしての「腹」、パワー、テクニック...そうしたものだけではなかった。
この本では、ハンブルグで彼らが出会ったイグシスという前衛的な中流階級の若者からの影響について丹念に描かれている。
アスリット・キルヒヘア、クラウス・フォアマン、ユンゲン・フォルマー...。
ビートルズは、彼ら彼女らから、ファッション、芸術、実存主義という全く新しい刺激を受けた。そしてそれはかけがいのないものとなっていくのである。
ビートルズは、この葛藤のすえに、ハンブルグの下層階級のロッカーとも、中産階級のイグジスとも共有できる価値観を育て、双方から「野生と知性」を吸収しつつ、リバプールのテディ・ボーイから世界のオピニオンリーダーに成長していったのである。
ここの話で興味深いのは、このイグジスに対するメンバー一人一人のスタンスがその後の彼らの進路を必然的に決めていったということである。
イグシスの価値観と最も自分を同化させたのがスチュワートサトクリフである。彼はアスリットの家に住み込み、絵画の勉強に専念することを選択し、ビートルズから足を洗った。
一方で、どうしてもイグシス的な前衛性を自分の中に取り入れることができなかったのがピートベスト(左絵)である。それは彼がずっとリーゼントを通したことでもうかがい知れる。その後、ピートベストと他のメンバーとの間に徐々に溝が出来ていったのはご存知の通りである。結局、デビュー直前に彼はビートルズをクビになるのであった。
エネルギーと前衛性、感性と知性、音楽と思想。
ビートルズはその後、世界に飛躍するために必要だった両輪の武器(の萌芽)をこのハンブルグで得たのである。
60年代、ビートルズは、ロックンロールをロックへと成長させたとはよくいわれることだ。それは、彼らがハンブルグで得た極端なニ面性があって初めて可能なことだったのである。これは歴史の必然とでもいうべきなのだろうか、この二面性の吸収に失敗したメンバーはビートルズになれなかったということなのであろうか。
それも残酷な現実である。
言ってみれば当たり前のことではあるが、出会いと好奇心、そして夢、それらはいつの時代もどの場所でも大切なものだということを、ハンブルグ時代のビートルズは、僕らに教えてくれる。
まさむね
「ビートルズ都市論」(1) 労働者の町・リバプール
「ビートルズ都市論」(2) 野生と知性の街ハンブルグ
「ビートルズ都市論」(3) 彼らには冷たかったロンドン