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散歩, 歴史・家紋 »
昨日、久しぶりに鶴見の総持寺と池上の本門寺に、TBC(東京墓石クラブ)のO君と二人で行きました。
勿論、家紋を有名人の家紋を確認、撮影するためです。
今日のエントリーでは、総持寺について書いてみたいと思います。
ご存知の方も多いかと思いますが、総持寺は、曹洞宗大本山(寺紋は五七の桐紋)で大変広い敷地を持っています。それゆえ、墓地も広いですね。
今回の目的はの第一は、「特攻隊の父」といわれた大西瀧治郎の墓、その隣にあるといわれている猪木家(アントニオ猪木の)の墓です。これに関しては、こちらのブログ(愉快痛快奇奇怪怪)を参考にさせていただきました。
さらに、僕にとっては、参考書的なサイト=名簿録に載っていた情報ですが、往年の名将・水原茂さんの墓ですね。また、例えば、コチラのブログ=カームラサンの奥之院興廃記にも書かれていますが、音楽家・黛敏郎氏の墓です。
さて、総持寺の墓地ですが、入り口から見て大きく分けて、左のエリア、正面のエリア、右のエリアがあります。
左のエリアの代表墓は何と言っても石原裕次郎さんの墓でしょう。墓地にも「裕ちゃんの墓→」という案内板が出ています。さすがスーパースターですね。
裕ちゃんの墓の他、このエリアには、哲学者の岩元禎、日本画家の前田青邨、建築家の伊東忠太等の墓があります。今回は、その他に言語政策提案者の山下芳太郎さんの墓を見つけました。この方は、横書きのカタカナ普及のために尽力した方で、墓の名前まで横書きのカタカナで彫られています。ここまで徹底しているというは、ある意味、素晴らしいですね。家紋は剣片喰い紋でした。
また、正面のエリアは、以前行った時にかなり回ったので今回は後回しにする作戦を立てました。ちなみに、このエリアには堺利彦や前田山、川上貞奴、浅野セメント会長の墓などがあります。
そして、僕らは、今回のメインターゲット、右のエリアに足を運びました。うれしいことに愉快痛快奇奇怪怪には墓の写真が掲載されてありました。僕らはこのエリアで、写真に写りこんでいる墓の背景の場所を探しました。
そうしたら、ありました、ありました。写真には、大祖堂の端が写っているじゃないですか。
O君はその情報を元に早速、墓を発見。さすが、彼は広大な墓所から墓を見つける天才です。
そして、家紋をゲット!大西瀧治郎中将の家紋は鞠挟みに違い鷹の羽紋。鞠挟みの中に何か入っている有名人の家紋は、幣原外交で有名な幣原喜重郎氏の鞠挟みに梅鉢以来の出会いです。
そして、その隣は、憧れの天才レスラーアントニオ猪木の実家・猪木家の墓がありました。猪木さんは鶴見の出身、家は、相当の資産家だったようですね。
家紋は、丸に横木瓜、猪木さんのエキセントリックなたたずまいからみると、木瓜というのは意外に「普通」な感じがしました。
ちなみに、猪木さんと同じ丸に横木瓜紋の有名人は、沖田総司、樋口一葉、豊田佐吉、坂本九、森喜朗...。ご興味のある方はコチラをご覧下さい。
そして、オマケと言っては何ですが、偶然、見つかったのは、それらの墓の前にあった益田孝氏(三井物産創設者)の墓です。これはラッキー。益田家の家紋は、三つ割り菊紋でした。
さて、残るは水原茂氏と、黛敏郎氏の墓です。あとは、二人でしらみつぶして歩いて探すしかないです。
そして、今回の重点エリア(右エリア)の最も端の壁際の列に、水原茂氏の墓を発見しました。目的の墓を発見した瞬間というのは、本当に嬉しいですね。これだから、墓マイラーは辞められません。
そして、家紋の撮影ですが、その前に、お墓に彫られている茂氏の名前と死亡年月日を読み、ご本人と確認、これは必須の手順です。
驚いたのは、その家紋が丸に右荒枝付き三階松に株竹紋だったことです。この家紋は、森本景一氏の「家紋を探る」でも、幻の家紋と評されていた家紋です。僕にとっても、初めて出会った家紋でした。
ちなみに、右寄り三階松というくくりで言えば、映画監督・木下惠介やミュージシャンの細野晴臣、X-APANのhideの家紋でもあります。ご興味のある方は、コチラをご覧下さい。
それから二人別々に、墓所を歩き回ったのですが、結局、黛敏郎の墓は見つけることは出来ませんでした。
まぁ、またいつか来ればいいや、墓探しは深追いは禁物です。心の中で両手を合わせ、頭を下げて、総持寺を去りました。
次の池上本門寺が待っていますからね。
まさむね
※本門寺探訪に関しては明日のエントリーで書こうと思います。
書評, 歴史・家紋 »
高澤等先生の「新・信長公記」をようやく読了した。
時間がかかってしまったのは、他でもない。僕が信長に関して、ほとんど具体的な予備知識がなかったからだ。
勿論、僕の頭の中には通り一遍の信長像は頭に入っていたのだが、それがいかに、「常識(=偏見)」に満ちたものだったのかを、改めて本書は教えてくれた。その「常識」を一つ一つ壊していく作業に時間がかかってしまったのである。
例えば、いわゆる乾坤一擲の大勝負と言われている桶狭間の合戦。
実は、信長はその情報戦を含めてかなり、周到な作戦を立てているのである。
つまり、少数精鋭を引き連れての突然の出陣こそ、敵に集兵を悟られないために、しかも、密度の高い攻撃力をピンポイントで活用するための合理的な判断だったという言うわけである。
また、武田の騎馬隊を撃破した長篠の合戦においては、その決戦日までに味方の武器・弾薬をじっくりと準備するだけではなく、敵方の弾薬を消耗させ、経済的に追い詰めるなどの前哨戦を進めつつ、いわゆる武家の正統のプライドという武田軍の最大の利点を逆手に取り、敢えて決戦日の申し入れを行ない、相手が引くに引けない状況を作ってしまう信長一流の巧妙な誘導作戦があったのではないかという説を出されている。
つまり、本書を読むと、信長、いかに、今川義元、あるいは武田勝頼と戦ったのかという以上に、いかに相手を戦わざるをえない状況に陥れたのかという、いわゆる総合戦略に長けていたのかがわかるのである。それは、冷徹、残忍、短気といった「常識」的な信長像からは、決して導き出されない姿のように思えた。
さて、高澤先生は、「結び」において、このように述べている。
本書を書き終えて自分でも気がつかなかったが、私は信長のことをついに一度も天才と表現することがなかった。つまり信長の一生で繰り返された日常は、私のような凡人でも理解することが可能なものばかりであったということだろうと思う。・・・(中略)・・・つまり信長という人間はひらめき型の天才ではなく、理詰めに物事を考えてゆく秀才型の人間であったのである。おそらく信長を天才と表現する者は信長を真に理解するに至らぬ者が降参の意味で用いる言葉に違いない。
ただ、それでも僕は、信長を天才という言葉で語ってみたい誘惑に駆られてしまう。
勿論、個々の局面において、後世、彼の行動を微分していけば、それは合理的な行動の積み重ねなのだと思うし、その一つづつは本書でも十分に証明されている通りかと思われるが、あの混沌とした時代に、唯一、彼だけが天下統一ということを考えていたこと、つまり自分自身の戦いを私闘ではなく公闘とする哲学を持っていたということ、しかも、そのあまりにも大きな目的を信じ続けることが出来たということ、そして、そのために冷静なリアリストであったということ、さらに言えば、そうしたことを結果としてほぼ成し遂げる宿命を持っていたということ、つまり、哲学、情熱、実行力、そして運という4点を備えていたという意味で、僕は、ロマンチックな心情を込めて信長のことを天才と呼びたいのである。
そして、以上の4点を軸として、他の戦国武将達と比較した場合、おそらく信長だけは別次元の存在のように思えるのだ。
いずれにしても、歴史上の人物を、現代から振り返り、考えたり、想像したり、悪口を言ったりするというのはなんと楽しいことか。
僕にとって、そういうことをしている時間は至福の時と言ってもいいようにすら思う。
そして、本書はその楽しさを十分に味合わせてくれる内容を持っている。
僕がこの本を読むのに時間がかかってしまった理由に関してであるが、実は、冒頭の話は言い訳に過ぎない。
本当は、早く読み終わってしまう(=至福の時間が終わってしまう)のがあまりに残念だったからである。
まさむね
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コチラから、全国寺社紋地図 を編集できます。(ただし、Googleログインされた方のみ)
全国寺社紋地図の公開、登録が開始されました。
「日本家紋地図」は、「街中でみかけた日常生活の中の家紋」というコンセプトですが、今度の全国寺社紋地図は、神社仏閣の神紋、寺紋を日本地図上に登録していくことを目的としたものです。
また、「日本家紋地図」は、日本家紋普及協会の主宰企画でしたが、今回は、京都在住のARK@遊鵺さんに主宰(管理)していただくことになりました。
そして、日本家紋普及協会は、協賛という立場でバックアップしていきたいと思います。
尚、登録に関しては、Googleログインされた方であれば、どなたでも自由に行えますが以下のルールをお守りくださるよう、お願いいたします。
【登録におけるルール】
★目印は「赤を神社」「青を寺院」とする
★目印タイトルは「3桁数字:寺社名(ふりがな:都道府県名)」とする
★説明箇所はHTML編集で行い、必ず紋が写る写真を掲載する
★※複数の紋がある場合は主体となる紋を掲載。他はテキストのみでOK
★写真以下には紋名と付加情報(通称があれば明記。公式サイトやウィキペディアに誘導)
登録方法に関しては、コチラは「日本家紋地図」のマニュアルですが、ご参照下さい。
また、下記が日本家紋地図(街中編)です。こちらも引き続き、登録受付中ですので、何卒、よろしくお願いいたします。
コチラから日本家紋地図 を編集できます。(ただし、Googleログインされた方のみ)
まさむね
歴史・家紋 »
日本家紋普及協会の企画、日本家紋地図が本格的に始まりました!!
この一本気新聞にもマニュアルを掲載しておきますので
家紋地図へのデータの登録には2つの方法があります。
1)一本気新聞のお問い合わせか、日本家紋普及協会までご連絡下さい。
個別にメールアドレスをお教えいたしますので、そのアドレスに以下の情報を送ってください。
(48時間以内に登録いたします。)
①画像データ(jpg,gif)、②家紋名(わかればで結構です)、③画像説明文(店名、大体の住所等)
2)御自身による登録(手順は以下になります)
尚、ご登録いただいたデータに関して、コチラで若干修正させていただくことがありますのでご了解下さい。
クリックで拡大表示
1)画像をどこか適当なサーバーにアップして、
アドレスを取得します。(例:http://www.picamatic.com/show/2011/07/06/03/06/7671921_426×426.jpg)
例えば、http://www.picamatic.com/ - 画像アップローダー等のサイト
※画像アップの方法はそれぞれのサイトの使用方法をご確認下さい。
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2)Googleにログインします。
画面右上のログインボタンをクリックしてください。
※ここで、Googleアカウントというのが必要になります。
アカウントが無い場合、画面の指示に従って、アカウント取得してください。
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3)日本家紋地図画面にアクセスしてください。
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4)画面左上の方に[編集]というボタンがありますので、クリックしてください。
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5)以下の手順でデータを登録してください。
●地図の上の方にある目印を選択。(選択されると縁が青くなります。)
●目印を地図(最大拡大表示すると便利)上の適切な場所に移動。
●目印のタイトルは、3桁数字 家紋名を記入。(例:001 丸に違い鷹の羽紋)
●説明の箇所は、HTMLの編集を選択。
●以下のようなフォーマットで記述しOKボタン押下。
<img style="width:150px" src="http://www.picamatic.com/show/2011/07/06/03/06/7671921_426×426.jpg">
<br>店名...
※”http://~.jpg“の部分には、1)で取得したアドレス入力。
※画像の大きさは、横:150px、縦:150px程度(各自の判断)
※説明の文字には、店名、業種名などを入力。
注)尚、他の人が入力した目印は絶対に触れないで下さい。
もし、変更されてしまった場合は速やかに日本家紋普及協会までご連絡下さい。
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4)画面左上の方にある[保存]ボタン、[完了]ボタンをクリックしてください。
※入力したデータが反映されているのか確認してください。
歴史・家紋 »
コチラから日本家紋地図 を編集できます。(ただし、Gmailアドレスを取得された方のみ)
私がプロトタイプを作成していた家紋地図(街の家紋)が、日本家紋普及協会において、正式コンテンツとして採用していただきました。詳細はコチラをご覧下さい。
とりあえず、100個を目標にすることになりました。
第一バージョンより、3つ増えて、現在は、31個の街の家紋が登録されました。
私が、先週行った、麻布やハローワークのある三鷹で見つけたものを付け加えました。
ちなみに、三鷹にある黒田藩という焼き鳥屋さんは、黒田藩という名前なので、一瞬、藤巴かなぁと思いきや、丸に隅立て四つ目結でした。
勿論、黒田氏自身は、宇多源氏佐々木氏族に多い姓なので、四つ目結系は順当なところではあります。
これからは、みなさんのご協力で100個目指して頑張っていきたいと思います。
まさむね




