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Articles in the 源氏物語 古典文学 Category

源氏物語 古典文学 »

[25 6 月 2008 | No Comment | | ]

夏の夜は
まだ宵ながらあけぬるを
雲のいづこに月やどるらむ
この歌は、清少納言の曽祖父の清原深養父の歌。百人一首にも選歌されている。
先日、思いの他、早く起きてしまった明け方、何気なく、この歌が口をついて出た。
歌が突然、腑に落ちるのはこんな瞬間だ。
夏の明け方のまどろみの気持ち良さ、いやおうなく過ぎてしまう時間の残酷さ、月に対して、あたかも旅人のよう接する優しい視線、そういったものが一気に、理解できる瞬間だ。
おそらく、日本の伝統とは、100年前に出来た靖国神社に行くというような事ではないと思う。
こういった1000年も前に作られた歌が一瞬にして理解できるような感性の地下水脈こそ伝統というものではないだろうか。
高校の時に、百人一首の暗記させられ、本当に辛かった思い出がある。
その頃は、30年後に突然、このような感動的な瞬間が訪れようとは考えもしなかった。
体で覚える暗記って一見無駄のようにも思えるけど、長い潜伏期間の後、宝物のような輝きを見せることがあるんだね。
逆に今は、その頃の教育に感謝している。
ちなみに、以下、この歌の現代訳です。
夏の夜は短い。
宵になったと思ったら、もう明けてしまった。
こんなに早く明けてしまったので、月も西の山に行き着けなかったんじゃないかな。
雲のどこかに宿を取っているんだろうか。
まさむね

源氏物語 古典文学 »

[23 5 月 2008 | No Comment | | ]

前回、平安時代の相撲会の伝統を踏まえて、瓢箪=夕顔に対抗して、家康が葵紋にこだわったという話をしたが、葵と夕顔と言えば、源氏物語に登場する二人の女性を思い出す方も多いのではないか。
葵の上は源氏の正妻ではあったが、気位が高かったゆえに、源氏からはあまり愛されず、息子の出産時に亡くなってしまう。また、夕顔は源氏お気に入りの気さくな女性だが、源氏と一夜をともにしている間に腹上死してしまう。いずれもの死も、六条の御息所の生霊の仕業というのが因縁めいている。
しかし、この葵の上と夕顔の落とし子(夕顔は源氏の子ではなく、ライバルの頭の中将の子)達はその後の物語の展開で重要な役割を果す。
葵の上と源氏の間に出来た夕霧は、葵の上の遺伝か、源氏の厳しい教育のせいもあってか、わからないが面白味の無い性格として大きくなる。
一方、夕顔の子供、玉蔓は、一時、九州に都落ちするが成人して状況、偶然に源氏の保護・後見を受ける。しかし、その後、源氏はこの玉蔓にちょっかいを出そうとするが、結局は相手にされなかったという、光源氏の一連の恋物語の中では最も寂しいオチを迎えるのでした。
まさむね

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[22 3 月 2008 | No Comment | | ]

日本文学に燦然と輝く金字塔「源氏物語」。
ここでも桜は美しく描かれているが、同時に不幸への伏線としても描かれている。
最初は「花宴」の巻。桜見の宴会で酔った源氏は、ライバルの右大臣家の箱入り娘・朧月夜との一夜を過ごしてしまう。そして、結局は、この不義が原因で、後の須磨、明石へ流される事となるのだ。
次は、「若葉上」の巻。桜満開の下で蹴鞠をしていた柏木(太政大臣の子)フトしたアクシデントで源氏の正妻・女三宮を見てしまう。そして、結局は、柏木は女三宮をはらませてしまう。このことが、その後に源氏に精神的ダメージを与える。
おそらく、この桜=凶兆という観念は当時の貴族達にも共有されていたんじゃないかな。
(4へつづく)
まさむね