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[12 3 月 2010 | No Comment | | ]

ずっとずっと昔、「岸辺のアルバム」というTVドラマがあった。若い人はまったく知らないと思うのだけれど。アラ筋はいわゆる新興住宅街(番組では多摩川沿い、田園都市沿線エリア)を舞台に崩壊してゆく家族の物語だった。ドラマのエンディングはたしか多摩川の決壊で、岸辺(川の土手)にたたずむ家族たちのシーンだったように記憶している。これはこれでその後の風潮や時代性(中流階級幻想とその崩壊?)を先取りするような良いドラマ(脚本は山田太一)だったと思う。岸辺ということでたまたま思い出して書いたままで、本題とはまったく関連のない導入になってしまったようです。ご免なさい。(最初から横道にそれてしまいました。)
実は今回はちょっと「デジタル」ということについて改めて書いてみたいと思っています。製品を作る側からとその需要を探し出す=マーケティングからみての、二通りの視点で捉えた場合のデジタル時代の難しさ、タフさについて。作るという立場からみた場合、アナログとデジタル製品の最大の違いは何か。よく言われていることで、あえて今更確認するまでもないかもしれないが、ひとことで言えば、デジタル製品になればなるほどアナログよりも差別化しにくくなる、ということに尽きるだろう。
デジタル(言うまでもなく0か1の世界)はどこまでいっても金太郎飴みたいなもので、それを寄せ集めても他の製品との違いを出すことが難しいということ。だからデジタル化のことをテクノロジーの農産物化と呼ぶ人もいるようだ。つまりそれだけ作りやすくなったという意味(実際の農作物が作りやすいかは別にして)。デジタルはアナログ表現のような諧調表現(グラデーションの世界、諧調やゾーン(幅)でしか示せない?)とは基本異なる。極端な言い方をすればそこでは日本企業が得意としてきた微妙な調整(ファイン・チューニング)みたいなものがほとんどいらず、デジタル対応の部品をつないでただ製品にすればよいという話になる。
したがって製造の観点でいえば、垂直統合(何から何まで自社で抱えて生産する)ではなく、水平分業(私=設計する人、あなた=作る人というように分けて行う生産の徹底)がより適しているというわけだ。それだけ大量に作り、規模のメリットを享受する必要性も高まることになる。このパターンは米国(ファブレス、設計に特化)と台湾を中心としたアジア勢(生産)が得意としている分業の領域で、この世界の競争では日本は完全に遅れつつある。というよりも、垂直統合にも未だこだわりを捨てきれず、どっちつかずの中途半端な状態と言えようか。いかにも日本らしいが。
さてではマーケティングはどうか。正直根拠があるわけではないけれど、なんとなく直感的に思えるのは、ひとことで言えばこれも経験則に基づいたようなマーケティングがあまり成り立たず、いかに先読みするか、イチかバチか的な当たり外れに賭けるような色彩がより際立つことになる、と言えそうな気がする。
こうしたマーケティングではかえって過去の成功体験は目を曇らせることになりがちで、むしろ過去にとらわれない発想がより求められるかもしれない。製品の性能さがあまりないため、いかに安いか、そのときの需要にフィットしているか、ブランド名が浸透しているか、大量に出回っているか、それが皆に急速に広がりつつあるか、などなどのムーブメント次第の構図がより強まる、ともいえようか。どちらにせよ、たぶん年功者や成功体験者の経験知などはあまり必要とされず、かつてのストックによる知見が効かない。ある意味では場当たり的、その場をしのぐフローが肝要。薄型テレビの展開じゃないけど、ますますフラット化して奥行きのいらない社会が要請されてゆくことになるのだろうか。欲望の先読みが過大視され、経験が希薄化してゆくような社会の到来。
こうした動きが金融をまきこんである面だけ先行加速していったのがそれこそリーマンショック前の一部の趨勢だったようにも思う。そしてリーマンショック以後を見ると、さすがにフロー一辺倒のような動きにも多少見直しが入りつつあるようにも思える。だが一度加速した動きがほんとうに巻き戻されるかどうか。人は昔とった杵柄がなかなか忘れられないものだ。
人は経験によって学ぶとはよく言われたきたことだ。だが、経験によって学ぶことができなくなったらどうなるか。当たり前のことだがいつも未知のことばかりに追われることになる。これはとても疲れるし、疲弊する。経験とはその意味で人の防波堤になってくれるありがたい面もあるわけだ。だが時代はやっぱりそうした経験というものを離れて、ますます漂流しつつある、ようにも思える、おそらく。
デジタルの岸辺ではこれからもたぶん既存の多くのものが毀れ、従来の勝者をふくめて崩壊してゆく。それはそれでいい。岸辺のアルバムじゃないけど、壊れるものはやがて壊れるのだ。そしてそんなデジタル時代をむかえて、世界の中での日本の立ち位置はますます難しいものになってゆくだろう。
そういう流れのなかで個人的にはアナログへのノスタルジーはあるとしても、アナログそのものの復権を叫びたいとは思わない。ただ時代遅れの周回遅れとして、ぼくはまだ無駄な奥行きと配置にはこだわりたいと思っている。ちょうどいろんな神社でみた奥行きみたいなものに。元々生まれてきたこと自体がアナログだし。
そんなことを書いていたら、携帯が鳴った。
「もしもし、もしもし・・・・誰ですか?」
その声には聞き覚えがあった。それを思い出した。その独特の抑揚、調子、等々。
人の声と思い出すという営みはまぎれもなくアナログだった。
「いやぁー、久し振りだねぇ・・・・どう元気?」
よしむね

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[11 3 月 2010 | 2 Comments | | ]

陳舜臣の「蘭に思う」の中に「南京の雑踏で考えた日本人と中国人」というエッセイがある。
この本は、1970年代の前半に書かれたもので、このエッセイは1973年のものだ。
その中のこんな記述に目が留まった。
中国のまちの雑踏には、日本の雑踏にあるおなじみのものがない。その欠落が、スカみたいなかんじを生むらしい。(中略)
そのなじみのにおいがない。それが何であるか、旅行の半ばになって、やっとわかった。それは生存競争のにおいなのだ。
いろんな意味でも競争を戦わねば生きて行けない。そのために日本の群衆には、一種の緊張感がある。中国の雑踏に抜けているのはそれであった。
仲間を押しのけてでも前に出ようとする気迫が、対人関係の中に生まれにくいのが、中国の現状である。
今から40年前の中国の様子である。
しかし、おそらく現代の中国は、これとは全く違う様相なのだろうと反射的に思った。そして逆に、今の日本がこの状態に近いのかもしれないとも思った。
日本はいつの間にか、競争というものを忌避するような風潮になってきたようにも思えるのである。
40年かかって、中国は共産主義から資本主義へ、日本は資本主義から社会主義へといつの間にか、その立ち位置を入れ替えてしかったのかもしれない。
僕はこれからの日本の進む道は大きく二つあると思っていた。一つは、規制緩和=小さな政府=他国との競争の道。そしてもう一つは、高福祉=安心安定社会=しかし停滞の道である。
民主党が問題なのは、実際は二つ目の道を行こうとしているのに、口では一つ目の道を主張しているところである。どちらかにしてほしい。
子供手当てにしても農業補償にしても、競争しなくても生きていけるような社会への道に通じている。排出ガス規制も、事実上、産業の発展の足を引っ張るのは目に見えている。
一方で、生活保護世帯も130万を超えたというニュースもあったし、若者が消費しないという話もよく聞く。
おそらく、多くの国民も、どちらに行けばいいのか、その判断に迷っているのではないだろうか。しかし、多分、どちらに行くにしてもイヤなのだ。そして、出来れば考えたくない問題なのだ。
それは、ストレス社会にするのか、貧しい社会にするのか、といったような負同士の選択のように感じてしまうからだ。
僕にしても、少し前までは、日本は世界に伍して行くべきだと当然のように思っていたが、最近は、二つ目の道でもいいのかぁと思うこともある。
半分鎖国して、人口も減って、エレベータとかエスカレータもなくなって、自動車に乗る人も少なくなって、夏のクーラーが昔話になる。昔のように寿司は一年に一度の贅沢品となる。つまり、物質的価値から一線を引くこと。
特に、雨の日なんかにはそんなことを夢想する。冬は家で蒲団に入っていればいいかと思ってしまうのである。
まさむね

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[4 3 月 2010 | No Comment | | ]

「近頃の若者はなぜダメなのか 携帯世代と「新村社会」」(原田曜平著)を読んだ。実際に数多くの若者のインタビューに裏づけされたレポートはそれなりに説得力を持っているようにも思えた。
ここには、今の若者(多分、中学生〜20代前半くらい)はケータイネイティブと呼ばれている世代であるが、そういった世代の若者がいかに、それ以上の世代と考え方、行動パターンが違ってきているのかということが書かれている。
著者はこう述べる。
戦後、核家族化や都市圏への人口の流入、地域共同体の衰退、個人化・多様化が進行しましたが、ケータイが若者達をつないだことで、こうした戦後の日本人の動きとはまったく逆行するように、噂話や陰口が多く、出る杭は打たれ、他人の顔色をうかがい、空気を読むことが掟とされる、かつて日本にあった村社会が若者の間で復活したのです。
そんな新しい、村社会を原田氏は、新村社会と名づけるのだが、その新村社会に関して、こうも述べている。
つまるところ、この新村社会は、複雑な人間関係のしがらみに息苦しさを感じ、既視感によって視野や行動範囲を狭めてちぢこまる村人と、地域や偏差値や年代を超えて活動の幅を広げる村人との「ネットワーク格差」を生み出したのです。
ネットワークに脅える若者と、ネットワークを駆使する若者の、「人間力」の格差とも言えるでしょう。
若い彼らが社会の主役になる近未来、地域や偏差値や所得に関係なく、ネットワーク力のあるものが幸せを感じ、ない者がおちこぼれる社会が到来しているかもしれません。
たしかにネットワークが広ければ、イベントなどの動員は出来るのであろう。知り合いが多ければ、なにかと便利なことも多いのだろう。しかし、僕にはそんなにネットワークが広いことを素朴に善とする価値観、ネットワーク=幸せ、そうでない=おちこぼれ、という単純な図式はどうかと思う。
それで、本当に一人ひとりが安定した心持で生きられるのだろうか。あるいは、そうした懸念こそ、古臭いものなのだろうか。
おそらく、様々なビジネスを前提とすれば、そういった広いネットワークは資産になり、そういった人は有利に働くことは間違いない。確か、就職ジャーナリストの常見陽平氏も、「他人を巻き込む力が就活」にとって重要な力だと言っていたが、これからは人を巻き込む人と、人に巻き込まれる人、そして、人に巻き込んでもらえない人という3つの格差が広がっていくといくに違いない。その3つは別の角度から見れば、人の噂によく出てくる人、普通に人の噂をする人、誰からも噂もされなくなる人の3つのタイプに分かれるということなのだろう。
これからは、人に噂されながらも、鈍感力で乗り切り、ネットワーク構築を前向きに出来る人、そんな人が結果的に勝ち組になれるということなのである。
時代はますますタフになっていくということか。
しかし、本音を言えば、僕はネットワークが広い人よりも、一つのことに深く興味を持って、ユニークな見解を持っている人のほうが貴重だし、魅力的に感じる。流行に敏感になるよりも、一つのことにずっと関心を持って突き詰めていった末にあるときに、他の追随を許さないようになっている、そういった生き方のほうが、毎日、マメに何十人ものよく知りもしない人にメールを送って、つながりを維持していくよりも、結果として有意義なのではないかと思っている。あるいは思いたい。
この「近頃の若者はなぜだめなのか」にはもう一つ面白いエピソードが書かれていた。ある大学でレポートが出されたのだが、クラスの全員がほとんど同じ内容のレポートを書いてきたというのだ。それは、そのテーマについて全員がGoogleで検索をして上位5位くらいまでの検索結果の記事をコピペしてきたため、そういった結果が出てきたというのである。それを受けて、原田氏は、こう書いている。
大人たちが「若者はネットばかり見ている!」と眉をしかめたところで、彼らの内実は、いろいろな情報をネットから摂取している子は一部にすぎず、いくつかの検索結果や、せいぜいSNSニュースにある恋愛ネタや芸能ネタを見ている程度なのです。
大人が若者たちに言うべき言葉は、「もっとちゃんとネットを見ろ!」ということなのかもしれません。
そうなのだ。クラス全員が同じレポートを書く時代だからこそ、逆にチャンスがあるのだ、と僕も思う。
まさむね

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[11 2 月 2010 | No Comment | | ]

今年に入って若干景気が回復して来ているようだ。
勿論、まだまだ往年の勢いはない。おそらく、微妙な上がり下がりはあるものの、このままの状態が続いていくような気がする。
管財務大臣の話によると、民主党は第三の道という経済政策を行なおうとしているらしい。
第一の道というのは、90年代に自民党が行って失敗した、財政出動=公共事業の道だ。これは、カンフル剤のようなもので、その時は、土建屋に金が回り、仕事が創出され、一時は景気が回復したように見えるが、後に残るには、財政赤字と、ハコモノだ。
第二の道というは、00年代に小泉政権で行った規制緩和の道だ。これは、民主党の、そして最近の自民党の言い分によると格差を生み出したという。僕は、格差というのは、戦後ずっと拡大していたのだが、先に述べたいわゆる第一の道によって隠されてきただけだと思っているので、規制緩和が悪いとは思っていないが、自民党を倒して政権をとった今の民主党にとっては、このようなイデオロギーがどうしても捨てることが出来ないのだろう。その昔、岡田さんが代表の時には、自民党の規制緩和、いわゆる「改革」が生ゆるいと言っていたような気がするが、あれは何だったのだろう。
そして、管大臣は、上記の2つの道の失敗を踏まえて、第三の道を提唱する。それが、直接、一般庶民にお金をばら撒いて需要を喚起するという道だ。子供手当てとか、農家への個別補償、住宅減税、高速道路の無料化とかの政策ということなのだろうが、都会に住んでいる一人暮らしのサラリーマンなどには何のメリットも感じない政策に思える。やっぱり、民主党も、自民党同様に、都会のオタクよりも田舎のヤンキーに目が向いているのだろう。
さて、このいわゆる第三の道は、大局的に見て、成功するのだろうか。子供服産業やパチンコ業界などの一部の産業は潤うだろうが、それはマイナーな潤いにすぎないような気がする。多くのバラマキ金は貯金されるだろうからだ。当たり前の話だ。
僕らが現在、消費をあまりせずに、経済的に不況なのは、第一に将来が不安で金を使っている場合ではないと思っているから、そして第二に欲しいものがないと思っているからである。
おそらく、そのために政府がすべきなのは財政赤字をどうやって減らしていくのかという道筋をたてて、国民を安心させることだ。そのためには、消費税アップは避けられないだろうし、老人福祉、健康医療も見直さなければならないだろう。これも、当たり前の話だ。
そして、次には成長戦略だ。一時、構造改革と言って、規制緩和が進みかけた時期があったが、結局はその流れはホリエモンや村上ファンドへのバッシングで消えてしまい、既得権益者がしぶとく生き延びる結果となってしまった。郵政の民営化も逆に官営に逆戻りしようとしている。
政府がすべきなのは、人々にとって魅力的な商品を作れるような環境を作ることであって、これから成長してほしい産業に金をつぎ込むことではない。環境方面への支援を考えているようだが、政府が、金銭的援助をすることによって、産業というのは本当に育成できるのだろうか。ただ、補助金をもらいたい輩が集まってくるだけではないのか。それよりも、衰退していく産業から、成長していく産業へと人材がスムーズに移動出来るような社会政策をとるべきなのではないだろうか。
昨年末、自民党は苦し紛れとはいえ、「よけいなことをしない政府」というコンセプトを出したが、それは、それで正しいのだ。雇用調整金などを出して、税金で社内失業を支援していてどうなるのだろうか。やはり、雇用の流動性を高めるしか、日本の産業を再生する道はないのだ。
しかし、僕ら中年にとって最大の問題点は、理屈ではこのように考えながら、実際には既得権益者となってしまっている我が身である。新しい産業に移って、新しいことなど、どのようにしたらいいのだろうか。残念ながら僕らには、経済力も発想力も、勇気もないのが現状である。
日本のためを考えるのなら、あるところで僕らの世代は大きな諦念をすべきなのかもしれない。そして、その時期は今なのかもしれない。
まさむね

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[22 1 月 2010 | No Comment | | ]

何かの本に書いてあったのだったか、誰が言っていたのかはわからないのだが、会社の寿命は大体30年くらいだと言われているのを聞いたことがある。会社30年ライフ・スパン説。ここでの30年とはいわゆる最盛期の時期という意味であろう。これは意外に正しい実像かなと思う。ある企業がほんとうにイキがいいのはどんなに長くてもせいぜい30年くらいがよいところだろうと思えるからだ。GMしかり、IBMしかり、マイクロソフト、アップルしかりではないか。
もちろん日本には100年企業は比較的たくさんあるし(たしか金剛組は飛鳥時代以前からだという。最近では経営破綻して高松建設に営業譲渡を行っているようだが)、絶頂期をすぎてもゾンビのようにダラダラと生き残っている企業も結構あることはあるけどね。ほんとうのしたたかな世界企業(ユダヤ金融財閥のような)はそれこそ東インド会社時代から連綿と続いていたりするわけだろうが、それは措くとして。
でもって、この30年の企業体で、これを支える年齢層といえば、理想的には、20代、30代、40代で構成されていることだろう。つまり働き盛りでフルに構成されていて、50代以上は取締役などの一部のマネジメントしかいないこと。上記3世代がフルに輪廻していき、30年一回りを回りきって会社の絶頂の寿命が尽きることが一応の理想形ではないか。こうであれば世代間格差も比較的少なく、その世代世代での良さを享受できてみんなそれなりにハッピーで終われるかもしれない。
ところが今の日本では、この年齢構成が、30代、40代、50代で限定構成されていて30年サイクルさえ回りきらずに終わっているのが実態ではないだろうか。従ってまずそこから年齢的に真っ先に弾き飛ばされているのが、いわゆる20代の若者たちだ。いつまでも彼らの多くがフリーターや派遣社員でいなければならない理由の一つと思われる。上の3世代もそれが分かっていても自分も苦しくてどこにも逃げ場がないので、そこから出ていこうとしない。この目詰まり・悪循環が続いているのが今の日本の硬直した労働市場ではないだろうか。
このあいだ年の初めということで、ある経済セミナーに参加したのだが、そこの大ホールにいた中堅以上の人たち(アラフィー世代?)、世にいう部長さん室長さん課長さんクラスのなんと多いこと! 結局新年早々こんな所に来ている彼らは暇人であり、ほんとうはやらなくても良い仕事に貼りついているだけで、彼らでなくてはできない仕事など実はもうなくなっているのかもしれない(かくいうぼくもその世代に属するのだが)。
でも仕方ないのだ。彼ら・ぼくらにはまだまだ住宅ローンも残っているし、学生の子供もいる、というわけで働かなければならない、まだ必死なのさ!ということになるのだろう。だから、しばしば言われるようにフリーターや派遣の問題とはいっぽうの若者にだけフォーカスした問題として取り上げてもあまり意味がないとぼくは思う。たしかに労働需要の広がり、長い目でみて就職の機会市場を作ることも大事であるが。
むしろ肝心なのは、若者の雇用と表裏一体となっている、いわゆる雇用の流動性を高めること、そのためには、具体的にいえば早く辞めるべき人(たとえば50代の人たち)が辞めやすい社会、早くリタイアしてもそれなりになんとか生きて行ける社会をいかにちゃんと作れるかにかかっていると思うし、その視点が抜け落ちては、いつまで立っても何も解決していかないかもしれない。特に人口も減少していく成熟社会になればなおさらのことだ。
大雑把に言えば、20代から働き始めたらほぼ30年経過して50代になった時点で、まずローン関連はほぼ誰でもが完遂できており多くのクビキから脱していること、後は中高年の多くがボランティアなどの社会参加などをしながらそれなりに自由に生きていけること、そういった多様な選択の下地ができている社会になっていることが理想だろう。
けれどそのためには日本は何よりもまだまだハウジング関連のコストが高すぎるし、ローンを返済したと思ったら、今度は中古マンションがただ同然の売却価値しかないと来ているわけだ(いつまでもフローだけの社会、ストックが効かない社会! その悪しきサイクルから抜け出せないのかな)。こうしたところから根本的にグランドデザインを書き直す必要があるだろうし、それを避けては通れないと思う。これからはいくら叫んでも有名無実の成長戦略に頼ることはできなくなるだろうから。
そういえば武家・貴族社会時代からの隠居という方法は後進に道を譲りやすくするという一面を持つ大人の知恵でもあったと思う。相撲社会では年寄りの制度もあったね。これらは畢竟広い意味でリタイアを含めての処世術だろう。やっぱり世の中を回していくという意味で社会システムをめぐる昔からの知恵は凄かったなと思う。先物取引にしても、今風のエコだってとうに江戸時代からやっていたわけだし。 
今の日本がほんとうに考えなければならないのはいかにリタイアしていくか、坂の上の雲ならぬ、いかに坂を下っていくかを上手に考えていくことに尽きるとも思うのだ。成長ではない、坂の転がり方だ。そう、もうそろそろ「頑張らなくてもいいんです」(吉田拓郎)を本当に考えていかないと。
よしむね

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[17 1 月 2010 | No Comment | | ]

世の中には、いまだに、企業の内部留保金を吐き出せとか、埋蔵金はまだあるはずだみたいに、「悪いのは権力者=資本家」と言い続けている評論家がいる。
森永卓郎さんとかがそうだ。
日本がもしも、(もしもだよ)、このまま世界のトップクラスの経済力を持ち続けたいのなら、政策の基本は以下しかないはずだ。
1:規制緩和
2:雇用の流動性推進
3:法人税引き下げ、消費税アップ
4:無駄な財政出動ストップ
でも、これって、僕ら、もう新しい動きについて行けない中高年正社員にとっては、直接、ダメージのある話、だれもが目を逸らしたくなる話だ。
だから、冒頭のような評論家が、心の逃げ道として必要なんだろう。
そういう意味で、森永卓郎さんはニーチェのいうところの神だ。
まさむね

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[26 12 月 2009 | No Comment | | ]

先日、23日、CNNで「イラン国防省、自国製衛星を来春打ち上げ 欧米の反発必至」という報道があった。
それによると...
テヘラン(CNN) イランのファルス通信は23日、国防省の高官が来年春にも自国製の衛星を打ち上げるとの談話を報じた。イランは現在、核問題をめぐって国連安保理常任理事国などが対応を協議しており、反発が起こるのは避けられないと見られる。
とのことだ。なんだか日本という極東の国にいると、イランなどという国は本当に想像の外になってしまう。言い方は悪いが、多くの日本人にとっては、イラン人のイメージは上野公園あたりで身を寄せ合って何か立ち話をしている人々という印象しかない。自分で書いていて思うのだが、まったく、失礼な話ではある。
しかし、ご存知の通り、この国は紀元前から存在する。もの凄く歴史のある国だ。
だから、日本がアメリカのことを底の浅い国というのと同じように、イランから見たら、日本もそう言われても文句は言えない。その位、凄い国なのである。
今回のニュースは、そんなイランが自力で衛星を上げるという。欧米各国の反発というのはさておき、イラン人にしてみれば、当然の権利と感じているだろう。核不拡散など、現代の既得権益集団である欧米が勝手に決めたことで、「なんで、若造の言うことに俺が追従しなければならないのか」ということだ。
それはそれで筋は通っている。だから話はやっかいなのである。
実は、僕は数年前に仕事でイランに数週間滞在したことがあった。そこは日本とは別世界だ。首都のテヘランは朝になると、モスクからコーランが流れる典型的なモスリムの空気が漂う。そして人々の生活が始まる。
街の繁華街では、だいたいの女性はヒジャーブという黒い頭巾のようなものを被っている。しかし、家では普通に生活をしている。それが別に不幸にも感じられない。
逆に日本では失われてしまった親族との付き合いは濃密だ。だから、欧米から品物が入ってこなくてもなんとかやっていける。それが社会の”ブ厚さ”というものだろう。
街に浮浪者などいない。それなりにみんな幸せそうに見えた。
勿論、アメリカと絶交しているため、クレジットカードなどは使えないし、普通の店では酒などは売っていない。ただ、家々にはどこからからか仕入れたアルコール類はあるようで、それはまた、この社会の深さを感じさせた。
驚いたのは、田舎に行った時の話だ。そこは、ゾロアスター教の聖地に近い村だったのだが、近所にアレキサンダー大王が来たという遺跡などもある場所だ。人々は泥で作られたような一見みすぼらしい家に住んでいる。その村は、僕らの価値観からすれば明らかに貧しく感じられた。
ところが、すぐに、そんな言い方は全く傲慢であることに気づかされるのだ。村を歩き回ってみると開けた道路があり、そこに突然、大きなスーパーマーケットがあったのだ。
それは、僕が日常、東京で行っているマックスバリューなどのスーパーと全く遜色の無い、いやもっと立派な建物だった。
「えっ、なんでこんなところに??」
という感じだ。
恐れ入ったとはこのことだ。
ちょうど、「会社物語」(右画像)という映画で、大企業の社員達が、そのビルで働く用務員の男(植木等)の家に行ってみると物凄い豪邸で、しかも、その奥さんが若くて美人だった時の驚きと近いもの...という感じか。
おそらく、これが歴史の蓄積というものだろう。ここは、少しくらい、欧米諸国からノケ者にされたからといって、ニッチもサッチもいかなくなるような薄っぺらな国ではないのだ。
その気になれば、技術でも社会システムでも、そして文化でも決して負けてはいないのである。
そういえば、忘れていたがイランという国は、「そして人生はつづく」や「桜桃の味」で有名な映画監督、アッバス・キアロスタミを生み出した国だった。僕は彼の「友だちのうちはどこ?」は自分の中で5本の指に入る名作だと思っている。
当たり前の話だが、世界は広い。それぞれの国にはそれぞれの価値観があり、幸せがある。
日本も、今まさに、日本独自の幸せを考えなければならない時代に来ているのかもしれない。
後ろから誰かに背中を押されて走り続けるのが幸せというのは勘違いだろう。
今、日本には、貧しくならないようにする経済政策よりも、貧しくても幸せになれるような社会政策の方が求められているような気もする。
まさむね

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[16 12 月 2009 | No Comment | | ]

櫻井孝昌さんの「世界カワイイ革命」(PHP新書)を読んだ。この本を読むと、「KAWAII」という日本語がもう普遍語・世界標準語になっていて、生き方を代表するものとして新しい意味を担っていることが改めてよく分かる。「カワイくなりたい。カワイく生きたい。女の子の気持ちは世界いっしょだと思います。」(文中言)。そして世界中の女の子がどれだけ日本に恋しているかが詳らかにされてゆく。こうした現状をふまえての櫻井さんの要旨は明快であり、日本はこれだけ愛されているのに多くの日本人はまだ鈍感のままで大きなビジネスチャンスにつながるものを失くしていないかということである。日本にはそのためのアイコンが沢山あるのにそれを生かしきれていないということ。ぼくもこの意見に賛成だ。
以前のブログでも書いたことだが、日本人はそもそも他人に評価されることに素直に喜べないような性格の偏屈な傾きがあるようだ。というよりも、実は他者の視線を本当に感じようとしているのだろうかと疑問に思えることがある。他者の視線を感じるためには自分にもかなり自覚的になる必要があるからだ。
つまり自分がよく見えていなければならないし、自分がよく見えていることと他人がよく見えることは表裏一体だと思うのだ。しかし日本人に世界における自分という考えかたが馴染みやすいものかどうか。この問いかけに日本人のぼくらはちゃんと答えることは難しい。そもそも政治的・地理的にも長くアメリカの傘の下で暮らしてきたために、ぼくらは意志的に先導的に世界での役割について発信してゆくことに慣れていないし、日本人は世界という舞台で自分がいまどこにいて、何をしなければならないのかを問いかけることがとても苦手だと思う。
一例を挙げるなら、韓国の企業で三星電子だったと思うが、世界のある市場に製品を売る前に、ある人材を送り込んで一年間まったく自由に過ごさせることで現地に溶け込ませ、その国の文化に始まり何から何まですべてを吸収させて、その現地にあった市場戦略(販売戦略)を考えさせるという研修員プランがあるという。ここまで時間をかけて相手の国のことを研究することを日本企業(=人)はやっているだろうか。そこまで相手のことを見ようとしているとは思えない。
それよりも日本人が往々にしてとりがちな行動として、危機に陥ったときの被害者意識に基づくようないわゆるカミカゼ特攻隊に代表される、なりふり構わず自虐的に振舞うことであったりするわけだ。冷静に相手を見ながら戦略を立てることがとても不得手の国民性に思える。ほんとうに冷静に考えようとするなら、戦闘機一機が軍艦に衝突を重ねていくことは精神に基づいた行為に似てはいても、戦時指揮下における正しく汎用的な軍事行動とは言えないだろう。つまりしばしば言われることだが、日本には戦術あって、戦略なし、ということがいまも多かれ少なかれ続いていると思えるのだ。
日本のある半導体メーカがとても優れたカスタムIC製品を作ったとしよう。過剰スペックすぎて誰も必要としないのだが、上記メーカの人は機能的に最高のものであり、売れないはずがないと考える。機能さえよければ売れて当然だと考えるのだが、結局は世界市場で圧倒的に売れる製品にはならない。世界市場でスタンダードになるためには、機能以外にも、価格の値ごろ感や使い勝手の良さだったり、そのときの力関係だったり、その他様々な要因があるからだ。 
全体のバランスをトータルな視点から考える戦略が必要だからだ。日本の製造業やハイテク企業の多くは近年大きい意味でこの戦略(構想デザイン力)のなさのために失敗を重ねてきている。そうしたなかで戦意喪失し始めているのがいまの日本を取り巻く状況だと考えるのはとてもさびしいことだけれど。
戦後、焼け野原だけが残ったといわれる(もちろん戦後生まれのぼくはその焼け野原を知らない)。バブル崩壊後現在(=いま)に連綿と続く原風景も多くの日本人にとってどこか焼け野原に近いイメージを抱かせるものなのかもしれない。頼るもののない、荒れた土地。瓦礫の街。そうしたなかで、世界中の女の子だけが能動的な生き方として「カワイくなりたい。カワイく生きたい」と願いそれを実践している。人はそれを安易にロリータファッションとのみ定義づけ括ろうとして安心しようとしたりするのかもしれないが。でもこの女の子たちの感性パワーは今を生きることをめぐる結構ほんものの呼び声や価値観に近いなにかなのかもしれないとぼくは思う。
だからこそぼくら(=日本人)は愛するだけではなく、他者から愛されていることにもっと素直に自覚的になって良いのではないかとも思う。繰り返しになるが、自分のことが見えていない人は他人のことも見えないからだ。他人と自分はしょせん一緒、鏡の表裏なのである。
世界(他人)をよく見ること。その評価をふくめてとりあえずいまなにが起きているかを見極めようとすること。世界のニーズとシーズを探ること。この当たり前の原則。ビジネスの基本。せっかくのチャンスなのだから、今回の日本ブームもこの当たり前の原則から、戦略的に行動することがいま何よりも日本の継続的な国益(富)として必要なのだと思う。王道はないからだ。いずれこの日本ブームも廃れていくだろうから、そうであればなお更、この原則に何度も立ちかえることが必要なのではないだろうか。
よしむね

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[8 12 月 2009 | No Comment | | ]

内田樹先生(以下敬称略)の『日本辺境論』(新潮新書)はそれこそ考えるヒントにあふれた良書である。
僕はこの本でいろんなことを考えさせられた。日本人というのは日本人論が好きな民族である、というのはよく言われることだが、内田樹はその日本人の属性を日本の地政学的特徴に求める。日本はユーラシア大陸の東の果てという辺境にあるがゆえに、常に、他者としての比較でしか己を見つけられないのだと。そもそも日本という国号自体、中国から見て太陽が昇る方向という意味でしかないという。
確かにそうだ。
おそらく偏狭な愛国主義者から見れば耐えられないようなその視点は同時に刺激的でもある。
あまたあるこの新書内の考えるヒントの中で、僕が一番、膨らませてみたいと思ったのは135ページの次の箇所だ。
武士道は「或るものに対して或るもの」という報酬の主義を排する。新渡戸はたしかにそう書いています。努力と報酬の間に相関があることが確実に予見せらるることは武士道に反する、そう言っているのです。これは日本文化の深層に届く洞見だと私は思います。
日本人は辺境にあるがゆえに、海の向こうから来る圧倒的な情報や制度に対して、己を無防備に開放して、それらを受け入れてきた。
そして、いつのまにかそれを日本的に変容して取り入れてきたのだ。
古代における仏教、近世における鉄砲、近代における文学、民主主義...そういった例は枚挙に遑がない。
仏教はいつの間にか、神道と混合してわけのわからないものになってしまった。
殺傷武器のはずの鉄砲は江戸時代を通して、工芸品になってしまった。
西洋の自然主義文学は、私小説へと変貌してしまった。
そして、民主主義は談合の変種と化してしまった。
この受け入れ方自体が日本的なのだと内田樹は言う。しかし、最近、この日本的受容方法に危機が訪れているのだとも言うのだ。
何かを「学ぶ」前に、それによってなにか『いいこと』があるから学ぶといういわゆる報酬の確証が無いと学べない人々が増えている、ようするに日本人の「学ぶ力」が劣化しているというのだ。そして、内田はこのように警鐘を鳴らす。
「学ぶ」力こそは日本の最大の国力でした。ほとんどそれだけが私たちの国を支えてきた。ですから、「学ぶ」力を失った日本人には未来が無いと私は思います。現代日本の国民的聞きは「学ぶ」力の喪失、つまり辺境の伝統の喪失あのだと私は考えています。
なるほど、そうだ。僕は、内田樹のこの言葉と通底する警鐘を最近、読んだ著書の中でいくつか思い出す。
まずは、福田和也先生(以下敬称略)の『日本の近代』(新潮新書)のあとがきでのこんな言葉だ。
今日、社会の中枢を占めているのは、「自分さがし」や「自分らしさ」、「個性」に執着した世代です。まったく無縁にみえて、「自分らしさ」という発想は、実は「国体」とたいしてかわらないのではないか・・・と、私は危惧しています。
それは、日本人が現実感覚を失っていく兆候に他ならないから。

この『日本の近代』は、明治維新から第二次世界大戦までの日本の近代を、福田和也文体でつづった名著であるが、そこには一貫して、正しい現実感覚を持った日本人の謙虚さを支持する姿勢が見られる。第一次世界大戦後=昭和の始めに、日本は世界の一等国にまで上り詰めるがその時点で、リアリズムを失い「国体」という観念に取り付かれていく、そんな日本の姿を福田はこの本で活写するのである。
そして筆を置く直前のこのあとがきの文章で、その後の敗戦までの破滅への流れとパラレルなものとして、現代人の観念的な自分本位の姿勢を指弾しているのだ。
福田の論点を内田の語彙で言い換えてみれば、「学ぶ力を喪失したセコい自分中心主義は、辺境としての謙虚さを失った日本中心主義と同類のものだ」という批判になるのではないだろうか。
また、この”セコい自分中心主義批判”は、宮台真司先生(以下敬称略)の『日本の難点』(幻冬舎新書)の「感染」論の動機にも通じるものである。
たとえば「本当にスゴイ奴」とそうでない奴の違いは、初期ギリシアの言葉(プラトンの言葉)で言えば、ミメーシス(感染的模倣)を生じさせるかどうかで分かるのです。ミメーシスというのは、真似しようと思って真似るのではなく、気がついたときには真似てしまうようなものです。・・・(中略)・・・ミメーシス、つまり「感染的模倣」こそ「衝動」それ自体です。何かの「手段」でもなければ、「目的」でさえもありません。
この新書の中で宮台真司は、人がなにかを学ぶときの動機のうち、最も重要なものとして「感染的模倣」を上げている。おそらく、この「感染的模倣」とは、内田の言うところの日本人の最大の利点=「学ぶ力」とはそれほど遠いものではない。内田が言うところの「学ぶ」力も、宮台が言うところの「ミメーシス」も、それは、小賢しい「手段」でも「目的」でもない衝動力とでもいうべきものだからである。
しかし、宮台真司は現代日本社会では、様々な環境変化によってこの感染的模倣が起こりにくくなっていることを懸念する。それは同時に日本の国力をも低下させかねないものだからだ。
いつの間に、日本は自己の損得を基準にした小賢しくもセコい人々ばかりの国になってしまったのだろうか。
僕は、内田樹、福田和也、宮台真司の三人の愛国者の新書に共通するそんな問題意識を読み取る。
そして、有史以来、辺境で生きてきた日本人が再びその謙虚で、しかも現実を直視的する勇気ある遺伝子をよみがえらせること、現代日本人にもとめられているのはそういうある種の奇跡だというメッセージをも、この三人のテキストから深読みするのである。
まさむね
2009.11.14 ただのノスタルジー本ではない福田和也の「日本の近代」
2009.06.13 名著「日本の難点」に見られる一瞬の愛しい取り乱し

政治, 社会問題 »

[27 11 月 2009 | No Comment | | ]

まさむねさんが「デフレを受け止めきれない僕らの近未来イメージの不在」で書いているように「事業仕分けの流れでも明らかなように、これまでの日本はあまりにも公共的なバラマキ予算で食べてきた人が多すぎたということなのである。そして、その結果としての900兆円の借金なのである。社会の役に立つ仕事をしていたと思っていた多くの”善意の人”が、実は政府に食べさせてもらっていただけの”子泣き爺”(=お荷物)だったということが白日の下にバレてしまったのだ。」という感想にはぼくもまったく同感だ。
昨今の報道のサマを見ていると、国民の側も報道する側も、税金を取られるほうも取るほうも皆が皆でまとまって、国全体がもう病的なまでにお金の取り合いのことを考えるしかないような袋小路に追い詰められているようにみえてならない。清貧の思想が良いとは思わないが、どこかに、凛として、節度あり、いわゆる自分の分をわきまえ、ほどほどを知る、という引き算の姿勢があってもいいような気がするし(この主題についてはいつかまとまってまさむねさんと一緒に考察してみたいところだ)、一方もっと大きな視点で、つねにどこかに全体最適から考えていくような発想が抜け落ちていると、必ず瑣末な論議の積み重ねで、どこにも出口のない堂々巡りに落ちてゆくことになりかねないとも思えるからだ。
そもそも事業仕分けの前半戦をわりと好意的に報道していたTV局の姿勢も、後半のいわゆる科学技術の事業仕分けに入ってきた段階で、その報道姿勢をやや批判的なトーンに変えだしてきている。ムダの一掃とばかりに、いわゆる科学のような「現在」の役に立たないものを「ムダの視点」だけで切っていいのか、将来の発展のためにはムダもまた必要なのではないかという論調だ。
だが、民放に代表されるTV局自体がいわゆる長年の電波行政の規制の御蔭で競争にさらされることもなく格段に高いサラリーを享受できてきた業界であり、まさにそれこそ事業仕分けの対象にふさわしい存在だろう。さすがに昨今は景気低迷の影響もあり広告収入の大幅な落ち込みと番組の質と視聴率の低下、ネット広告の脅威などで安閑としてはいられなくなってきているようだが。
ここで問題にしたいのは、その報道の仕方に首尾一貫したものがなく、場当たり的なことなのだ。もちろん何が正しいかは確かに誰にも分からないが、たとえば事業仕分けについていうなら、とにもかくにも、そのテーマにかかわりなく聖域なく皆の前で議論する機会になっていることは以前の政治風土よりは良しとするような一貫した評価の姿勢があってもいいし、その逆に批判し続ける姿勢があってもいい。要は、マスコミ自体にはもうまったく主体性がなく、その時々でいいといってみたり、悪いといってみたりする傾向があまりにも強すぎるのだ。近年はその傾向に拍車がかかってきているように思えてならない。
皆が子泣き爺になっているこの国で、たぶんいまもっとも必要なのは、全体をデザインする力=構想力=グランド・デザイン力なのだと、ぼくは個人的に勝手に思っている。それを愚直に発信していくような場こそが必要だと思う。なぜ日本でiPhoneが作れなかったのか。iPhoneを構成している電子部品のほとんどは日本製だったのに、というあまりにも有名な命題・疑問。その答えもまたあまりにもしばしば言われすぎていて、今更繰り返してもしょうがないかもしれないが、日本にはそれを作りあげる構想力を持った人がいなかった、アップルのスティーブ・ジョブスがいなかった、というのがその一番の答えだということに尽きるだろう。
科学技術の事業仕分けに遭遇して、大学の総長たちが集まって危機感の表明会見を行おうと、ノーベル賞の学者先生があつまって反対意見を述べようと、そこに欠けているのは、ではあなたたちは大学教育をどう考えているのか、どうありたいのですか、技術立国というなら、あなた方はそのあるべき姿についてどうデザインしているのか、まずそれを大上段に愚直に常日頃から発信してほしいということだ。その一環で予算削減について批判的に述べるのならそれはそれでいい。だが、ぼくらの目に映るのは、まずもって「これ以上削られたらもう大変なんだ、大変なんだ、競争できなくなるんだ」という大合唱の光景のようにしかみえない。これで生活している研究者たちの暮らしをなんとか支えてほしいという願いが透けてみえるようで悲しい。科学する心の大切さを漫然と話されても心には響かないのだ。
そもそもの何の疑いもないかのように、日本を技術立国と呼ぶこと自体があやしいものだとぼくは思っている。技術立国と呼んでいるその根拠について話せる人がどれだけいるのだろうか、なにをもって技術立国と定義しているのか。ハイテクの先端である半導体や液晶ディスプレイ産業を例にとるなら、製造業としての日本はもう上位の座を韓国、台湾のメーカーに奪われており競争力を失って久しい。携帯電話然り、PC産業然りである。かろうじてその川上に位置する部品産業はまだ競争優位を保っているようだが、需要の盛衰という意味では完全に新興国であるBRICs頼みの構図となっている。
ニホン人の多くが日本でしか通用しない規制に守られて、日本というガラパゴス島のなかで独自の進化を遂げ、独自になんとか生きてきたが、今、それが壊れつつあり、多かれ少なかれみんなが子泣き爺と化して既得権益にしがみつこうとしているのだ(悲しいかな、ぼくもその一部に含まれているのだろう。)
かつて幕末の志士たちにはなによりも次の時代をどうしようかという構想力があったと思う。それがいいか悪いか、正しいか正しくないかは別にして。デザイン力だけはみずみずしいまでに溢れていたと思うのだ。今の日本にはそれがない、というのはとてもさびしい。ものづくり、よりは、むしろデザイン力の復権こそ、とぼくは言いたい。
よしむね