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若干古いデータ(「Tumblrの国内UU拡大 Twitterは35~49歳が半数」)ではあるが、TwitterとTumblrの年代別普及度を見て、微妙な「痛み」を感じた。
ユーザー層を見てみると、Twitterは男性が58%、女性が42%、Tumblrは男性が65%、女性が35%。
年齢別で見ると、Twitterは35~49歳が最も多く45%、次いで20~34歳が33%、50歳以上が17%。
Tumblrは20~34歳が39%、35~40歳が30%、50歳以上が25%と、50代の利用が多い。
本来であれば、こういった新しいサイトに対しては、圧倒的に若い層が飛びつくように思われるのだが、両サイトとも、50歳代の利用が思いのほか多いのである。
僕も来月から50歳代の仲間入りをするからというわけでもないが、その理由がなんとなくわかる。
ようするに、彼らには暇なのである。会社の中でそれなりのポジションを与えられているとはいえ、やることがないのである。
かといえって、何もしないわけにはいかず、とりあえず、ネットで「次に来ると思われる」ものに登録して、「つぶやいて」みる。無料だからだ。
そして、なんとなくは理解し、ビジネスに使えるかどうかをボンヤリと考えるが、何も浮かばない。
そして、派遣で来ている若手が手を休めた隙を見て...
「Tumblrって知ってる?Twitterやってる?」
とか言って近づくのだ。若手は、すでにmixiなどでコミュニティ化して、今さら、TumblrやTwitterの必要性がないことを直感的にわかっている。しかも、忙しい。
だから...
「さすが○×さん、若いですねww俺なんか、全然わかんないっすよ。(さぁ仕事しよう...)」
という感じでやりすごす。
そんな日本中で繰り広げられる風景が目に浮かび、それが僕に「痛み」を感じさせるのである。
今、日本社会の最大の雇用問題は、城繁幸(左画)や池田信夫が言うように、ノンワーキングリッチの中高年が既得権益化し、若年層のワーキングプア化の大きな原因になっているということである。
ようするに、忙しくて貧しい若者と、暇で豊かな老人の格差問題だ。
IT革命は、業務の能率化、コストダウン化を促進したが、それは結果として、現在のこういったいびつな格差社会を生み出したのである。
しかし、この社会構造を民主党政権が是正できるとは思えない。
民主党は、体質的にノンワーキングリッチ層(大企業の労働組合)の力を背景にした政権だからだ。
問題解決には、雇用の流動性を増加させるしかないのであるが、やろうとしているのは、逆に雇用規制の強化だ。
おそらく現実的には、日本は借金を増やしながら、そういった既得権益層が引退するまで事なかれ主義でジリジリ進むしかないのだろう。
そして、現代の貧しい若者が、昇給もせずに貧しいまま中高年になるあと数十年後に、ようやく自然にこの格差問題が解決するのを待つだけになるのであろう。
問題は、そうこうしている間に、日本の国力、経済力は徐々に低下し、いつの間にか、その頃の若者が上海やシンガポールやバンガロールに単純労働者として出稼ぎに行き、国内には老人ばかりの国になってしまう可能性もあるということだ。
セカンドライフ(バーチャル空間)が、本当のセカンドライフ(第二の人生)化してしまったように、TwitterやTumblerの高齢化は、明日の日本そのものの姿の先取りかもしれないのである。
まさむね
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民主党が政権を取った。
政策の目玉の一つが高速道路の原則無料化である。
これが実現すると、大喜びする個人(田舎のコロガシ系のヤンキー)、流通業者は多いだろうが、逆に地方都市の中小商店主は今以上のダメージを受ける可能性がある。今でさえ、旧市街地のシャッター街化が進んでいるというのに、それはさらに加速化する。自動車交通の便のいい大手ショッピングセンターだけが繁盛し、中途半端に自動車が乗り入れできる地方都市はさらに寂れることは目に見えているではないか。6日の毎日jpでも、そのあたりの悲喜こもごもが記事になっていた。
左上の写真は、高速道路無料化によって、寂れることが予想され、不安な心持ちの国道沿いにある食堂を経営する夫婦である。
これが、今回の選挙で、地方の人々の選択の結果なのだから仕方が無いといえば、仕方が無いが、今後、この政策によって不利益をこうむる人々の生活は、一体どうなってしまうのであろうか。
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「道路整備事業の大罪」(服部圭郎著)は、道路が整備されることによって、逆に地方が寂れてゆくことに警鐘を鳴らす。
行政は道路が人々を豊かにすると考え、高額の予算を執行して道路を整備する。しかし、道路を整備された地区の住民は、どんどん家や集落を捨ててそこから出て行く。これは不思議な現象だが、不思議と思ってしまっているわれわれが何か重要なことを見落としているのではないか。
それは、人々は道路を、そこでの生活の利便性をもたらすものとして捉えるのではなく、そこでの生活から脱却させてくれる出口として捉えるのではないか、ということだ。
おそらく誰が悪いという話ではないのだろう。人々には生活がある、そのためには仕事が必要だ。そして道路建設という、ある意味、安易な公共事業が日本全国にばら撒かれてきた。勿論、それによって、一部の地主は何もしないで潤っただろうし、多くの地方在住者は職を得てきただろう。それのどこが悪いという話ではない。
しかし、90年代に国や地方自治体の財政が悪化し、そういった公共事業が思うように発注できなくなってきた今日、結果として残ったのは、そういった公共事業に頼り切って生きてきた地方の疲弊と高齢化という残酷な風景である。
服部圭郎氏の話の延長で考えるのならば、民主党の高速道路の無料化政策は、そんな悲惨な状況をさらに加速させてしまうかもしれない。
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一方で、山崎養世氏のいうように、高速道路の無料化が、外需中心の工業化社会から、地域振興、農林水産業の発展、観光、教育の充実につながるという意見もあるにはある。しかし、この人は話し方もそうだが、根っからポジティブなキャラクタなのだろう。
夢のような話に聞こえてしまうのは、山崎氏が言うように、「そんなことできるはずがない」とか「そんなうまい話があるはずがない」といった「常識の壁」に阻まれて、僕が、いつの間にかネガティブになっているだけなのであろうか。
とりあえず、これからは、田舎の土建屋のためだけの道路拡張には反対する御両人だが、高速道路無料化によって服部圭郎氏が懸念するような明日になってしまうのか、山崎養世氏が期待するような明日が来るのか、僕にはわからない。
じっくりと見守っていきたい。
まさむね
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民主党が予想外の圧勝をした。
とりあえずは期待したいと思う。
そういえば、選挙当日の夜、テレビ(テレビ東京の討論番組)を見ていたら、早くも民主党の雇用対策に対する不安に関して議論がされていた。
主なところで民主党の雇用対策は以下の3つだという。
1)職業訓練中の10万円支給
2)2ヶ月以内の派遣の禁止
3)1000円の最低賃金
確かに、1)~3)まで、どれをとっても、一見、悪い政策のようには思えない。
しかし、よく考えてみれば、これで、本当に雇用は増えるのだろうかと不安を感じざるを得ない。
誰が考えてもそうだが、雇用を拡大するには、経済が成長しなければならない。民主党のマニフェストには、そこがすっぽりと抜け落ちているのだ。
勿論、政府が主導で経済成長が実現されるような時代は既に終わっている。
政府に出来るのは、その仕組みを作ることだけだろう。
しかし、竹中平蔵氏が言うように、法人税減税と、規制緩和、霞ヶ関依存からの脱却、本来の意味での地方分権、これが民主党に出来るか。
日本経済の活性化はそのことにかかっているようにも思える。
また、成長戦略に関しての具体策を求められた鳩山・民主党代表は、子供手当てや高速道路の無料化などの個人への直接支給に言及されていたが、前にも書いたがそれは、都会のオタクから田舎のヤンキーへの所得移転の話であって、使える金の総量が増えるわけではない。
わかりやすく言えば、海洋堂の売り上げがオートバックスの利益に変わるだけの話ではないのか。
それなら、まだいいが、子供手当て支給で、子供とは関係の無い京楽やキリンビールの売り上げが増えたら、民主党は、どう責任をとってくれるのだろうか。
さて、鳩山代表は、さらに、経済成長に関して、宇宙開発、海洋開発などと夢のような話をされていたが、本当に雇用問題が切実な中高年にとって、今更、ロケット産業などにどうかかわればいいのか、不安は全く解消されないだろう。
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残念ながら『若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来』の著者の城繁幸氏がそれこそ一本ネタで繰り返す日本の会社の雇用形態、つまり、中高年のノンワーキングリッチのせいで、若者のワーキングプア、あるいは失業が生み出されているという構造、この世代間の問題は、民主党政権になっても解決しそうではない。
民主党の主な支持団体が連合だからだ。
連合は、それこそ、組合員の正社員の利益を守ることが第一である。
確かに、非組合員労働者に対しても同情し、共闘のポーズを見せてはいる。
しかし、派遣の禁止、正社員化との主張は本気でなされているとは思えない。
労働賃金を分配する財布は一つなのだ。現在の派遣社員、非正社員を正社員にしたら、当然、現在の正社員の給料を減らさざるを得ない。そんな状況を連合の人々が認めるはずが無いではないか。
誰でもわかる算数の問題である。
結局は派遣が規制されれば、今までの派遣の人々は職を失い、その分、正社員が忙しくなる、残業が増える。そして、残念ながら、働きすぎる一部の正社員と、暇(失業)で貧乏なその他の人々という構図は変わらないのではないかと思われる。
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実は、僕は、現在は正社員である。だから既得権益者の立場にいるということは認めざるを得ない。
しかし、僕たちだって、雇用の流動性が無ければ、その立場を退くわけにはいかないということもわかってほしい。
さらに言えば、この10月で50歳になる。若者よりもよっぽど厳しい崖っぷちに立たされているのだ。
もしも、失業したら、それこそ若者の何倍も厳しい就活が待っているのである。
城繁幸氏の主張する世代間の不公平という議論はわからないではないが、体が動かない。
いつの間にか、子泣き爺化している僕ら中高年達、そのしがみつく手を離せないという状況に自己嫌悪すら感じる毎日である。
中高年の正規社員、いわゆる半分、不良債権化した既得権益者は、じゃあどうすればいいのだろうか。
ノンワーキングリッチと言われないように、若者以上に必死に働いくしかないのだろうか。
逆に、城氏に聞いてみたい。
まさむね
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ついに民主党が政権を奪取した。
官僚や、特殊法人、地方の土建屋、農協等、国と一般市民との間で既得権益者として利益を中抜きしてきた面々を一掃するという民主党の唯一の意味のありそうな公約をどのように実行してくれるのだろうか。
まずはこういった既得権益者(勿論、もうすぐ50歳になろうとしている僕も、この日本という制度の中では自覚、無自覚はともかく、なんらかの意味で既得権益者であることを踏まえつつも)ののさばりを排除すること。
僕が民主党に期待するのはただ、その一点である。
しかし、それ以外の政策に不安が無いわけではない。
例えば、あの構造改革はどうなってしまうのだろうか。
もともと、国の借金が800兆円を超え、今までのような地方への再配分が不可能になったことを受けての規制緩和、補助金カット、小さな政府を目指すというのが構造改革の主旨だったはずだが、それが、道半ばにして、いわゆる格差問題につぶされる格好で、いつの間にか、改革は後ずさりした印象すら受ける。
確かに構造改革からくる痛みはあるだろう。小泉元首相もそのあたりは何度も口にしていたはずだ。
しかし、おそらく、格差問題の根はもっと深い。
戦後史を振り返ると、輸出産業でGDPを押し上げてきた日本経済の余剰部分を、生産性の低い農村に再配分してきたのが、もう持たなくなってしまった、ようするに、昔から隠れ格差はあったのだ。簡単に言えばそういうことだと僕は認識している。
そして、小泉以降、彼の後を継いだ面々がいつのまにか市場原理主義=悪というマスコミの論調に押され、大量の借金に目をつぶる形で、自民党を元の再配分(バラマキ)政党に戻そうとしてしまったのである。
今回の選挙結果は、変えるフリをして結局、変わらなかった自民党への批判という面もあると僕は思っている。
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それにしても、今後、民主党政権になって、どうなっていくのであろうか。
おそらく、政権奪取のための、いわゆるバラマキと言われた公約を本当に実行してしまうのだろう。
子供手当て、高速道路の無料化(首都高は例外)、農民への所得保障、田舎のヤンキー支援策に対して、都会の独身サラリーマンは政権奪取のコストとして見守るしかないのであろうか。
そういえば、民主党の公約の一つに後期老人医療制度の廃止というのもあった。
これは、これからどんどん増えていくことが予想される老人医療費に対する現役世代からの支払いに、とりあえずの歯止めをかけるという意味で大変、意義深い政策であったが、老人いじめとか、自動引き落としは残酷などという感情的な批判で元に戻ろうとしているのだ。
確かに、現在の老人達はこの制度廃止で安心感と利益を得るだろう。
しかし、これからの世代にとっては老人の医療費というのはさらに重荷になっていくに違いない。
そしていつか、現役世代が老人世代を支えくれなくなるような時代が必ず来るのである。
それでいいのであろうか。
子泣き爺(こなきじじい)という妖怪がいる。
山の中で泣いている赤ん坊。可哀相に思って、抱き上げると、その赤ん坊は爺に化けて急に強い力でしがみつき、みるみると体重が重くなっていく。そして、親切に抱き上げた人をつぶしてしまうという恐ろしい妖怪だ。
最初はいいかもしれない。しかし、時間がたつにしたがって徐々に日本全体を沈没させかねない老人の医療費(さらに年金も)、それはまさに子泣き爺のようなものだ。
子泣き爺を抱きながら一緒につぶれていくのか、それとも、とりあえず子泣き爺が小さいうちに、手から離してから、対策を考えるのか、今、日本はその瀬戸際に来ているようにも思えるのだが。
まさむね
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最近、減税という話を聞くとなんか胡散臭く聞こえる。
例えば、TOYOTAの「こども店長」のCM。
エコカー減税で補助金もと謳われているけど...
「店長!結局これって、車に乗らない人が後で減税分を別の税金で払うんじゃないんでしょうか。」
「店長!エコという意味で言えば、むしろ車を持たないで毎日、電車で通勤している人々にこそ、電車手当てとかを支給すべきなんじゃないでしょうか。」
思わず、そんな意地悪な質問を店長にぶつけてみたくなる。
勿論、僕は自動車を持っていない。東京で暮らすサラリーマンだから自動車は必要ないのだ。
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それにしても、何故、車に乗らない人が、新車を買う人のために、税金を使われるのだろうか。
確かに、自動車産業は日本の重要産業だから、国として保護しなければならないとか、自動車産業はその周辺の事業も含めると多くの人々が従事しているから、傾いたら影響が大きすぎる、だから補助するのだ。という話はわからなくもないが、逆にいえば、ついに自動車産業までもが国の援助が必要になったのか、すなわち、「自立」出来なくなったのかと思わざるを得ない。
勿論、自動車産業がこれからもずっと日本の経済をささえていけるのなら、問題はないのだが、例えば、経営学者の村沢義久教授は「今後、ガソリン車が電気自動車に移行し、それまで大量の部品を扱うことによって、日本のいわゆる”すりあわせ技術”が有利に働いていた自動車産業という分野が、外国に追いつき、追い越される可能性が高い」ことを示唆している。
ようするに、今後、自動車産業では、日本型労働形態の優位性が無くなって行くという予想をされているのだ。
だとすると、政府による自動車産業保護政策は、これまた、かつて別の分野で見たような「衰退産業」への無駄な投資(タレ流し)にならないという保証はどこにあるのだろうか。かつてミルトン・フリードマンは政府の補助は『死の接吻』と言ったというが...
「官僚たちの夏」における風越信吾(佐藤浩市)の「このままでは日本の自動車産業はダメになってしまいます。それを、指をくわえて見ていろというのですか。」といういつもの叫び声がどこからともなく聞こえてくるのは気のせいだろうか。
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しかし、自民党がエコカー減税+補助金だとすれば、民主党はさらに、高速道路の無料化(首都高は例外)だ。
この政策って、山崎養世氏の年来の主張だが、ただ、ETCを扱う天下り法人・道路システム高度化推進機構などの道路族の利権をはがすことだけが目的なのだろうか?勿論、それはそれでいいことなんだろうけど、僕には、”伝票はこっち回し”のただのばら撒きに見えなくもない。
さらに言えば、田舎のヤンキー大喜びのこの政策のどこに、民主党が優先課題としてかかげる環境への配慮があるのだろうか。
そして、これによって、田舎の人々は地域の地場商店ではなく、他県の国道沿いの大型店舗で買物をするようになって、駅前はますますシャッター通り化するんじゃないだろうか。
だとするならば、民主党の主張するところの「絆のある社会」という理念とどこで、どうリンクするのか、ちゃんと”目”を見て説明して欲しい。
まさむね




