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Articles in the テレビドラマ Category

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[1 9 月 2010 | 2 Comments | | ]

僕はたまにしか見れないのだが「ゲゲゲの女房」の視聴率がいいらしい。
僕の大雑把な印象だと、ヒロインの布美枝(松下奈緒)は今までのヒロインとは違って、内気だ。茂(向井理)が結構、自分勝手な性格なのだが、彼がやることに対して、何も言えない。時々、思い余って、彼女の感じている不満を茂に話をすると茂は布美枝の気持ちがよくわからない。そして、最終的には布美枝は仕方ないと諦める、みたいな場面が多かったような気がする。
これは、断片によるあくまで印象だが...
でも、この布美枝の、その「しょうがないな」という顔がいいのだ。そして、多くの視聴者にとって自分に置き換えやすい表情なのだ。今まで、多くの朝ドラのヒロインは、「おしん」がその典型だが、自分の価値観を持って、前向きに生きようとしていた。
しかし、今回の「ゲゲゲの女房」の布美枝の「まあいいか」的な、状況に逆らわない身の処し方の方が、現代ではより共感を得たのかもしれない。
さて、このドラマを見ていて思うのは、当時の漫画家という職業の置かれた社会的地位の低さだ。今でこそ、大学にマンガ学部が出来る時代であり、漫画家といえば、うらやましがられる職業の一つだ。
しかし、当時は、一般の人から見ると真っ当な職業とは言えなかったのだろう。布美枝の悩みの何割かはその職業意識から来ているようにも思える。
あまり知られている話ではないが、例えば、マンガの神様、手塚治虫は学歴詐称をしていた。大阪大学医学部出身というのが通称だが、実は、大阪帝国大学附属医学専門部が実際の学歴なのだ。同様に、梶原一輝も、早稲田大学文学部を詐称していた。彼ら、60年代のマンガ関係者にとって、その社会的地位を上げるためにも詐称は必要だったのかもしれない。
ちょっと観点は違うが、力道山が身長詐称をし、野坂昭如が逆学歴詐称(早稲田大学卒業なのに中退と言い張っていた)のも当時の話である。僕は、それらを攻めるよりも、60年代を生き抜いた人々のたくましさを感じざるを得ない。
さて、ゲゲゲの話に戻そう。僕は12年ほど前に、水木しげる先生の妖怪を使った、CD-ROMソフトやロールプレイングゲームを作っていたことがあった。その時、その一枚一枚の絵の力に関心したものだった。人物は個性的なタッチでいわゆるマンガなのだが、その背景の野山や家屋などは本当にリアルなのである。その絵の奥は、日本の民俗社会の奥深さにそのまま通じているような独特の暗さ=恐さを持っている。そこには本当に妖怪が住んでいそうな雰囲気があるのである。
かつて、手塚治虫が、水木しげるに嫉妬して「僕にも妖怪漫画が描ける」と言い張り、「どろろ」を描いたというのは有名な話である。「どろろ」が百鬼丸の人間性回復のドラマと、戦争で両親を失ったどろろを通した反戦という、手塚的ヒューマニズムの枠内の作品であるのに対して、水木の漫画は、どこまでも暗く、それは現実社会と同じようにオチの無い世界であるように僕には思えたのである。
それにしても日本は水木しげるという漫画家がいたおかげで妖怪というものが可視化され、これからも日本人の中で、共通の財産として生き残っていくだろう。それはあまりにも大きな功績だと、僕は思う。
まさむね

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[15 8 月 2010 | 4 Comments | | ]

「美丘」というテレビドラマを偶然に見た。
不治の病で半年後に死ななくてはならない女の子の恋と友情の親子愛の話である。
見始めて1分でわかるそのストーリーの強さは典型と呼ぶのにふさわしい。「セカチュウ」「恋空」のカテゴリーだ。
おそらく、死を宣告された美丘という美少女は「カワイソウ」なのだろう。
しかし、この話をぼんやりと観ていた僕は「カワイソウ」ということの合意すら、ままならない現代という時代を考えてしまった。正直な話、頭では分っているのだが、僕にはこの美丘がそれほど「カワイソウ」とは思えなかったのだ。
世の中には、僕にとって琴線に触れる「カワイソウ」なものはたくさんある。それに比べて、彼女はむしろ幸せのようにも感じられた。あと半年とはいえ、理解のある父母がいて、恋人がいて、友達がいて...
しかし、それ以上に僕が気になったのは、ドラマの最後の方で、恋人の男の子が「だからこそ、僕らは今を一生懸命に生きなければならない」というようなことを口に出していた。そのセリフだ。
今、多くの若者が将来に希望を持つことが出来ず、今、この瞬間よりも老後のことを考えて貯金をするようになっているという。ようするに、消費をしなくなっているのだ。そして、それが日本の経済に大きな負の影響を与えている。マクロでみたらそれは困ることなのだ。
そういえば、このドラマの提供はある自動車メーカーだった。
ここからは、ドラマの中の話だ。引越しを終えたばかりの6人の若者。死を宣告された女の子が突然に海に行こうと言い出す。死のことを知っている恋人は彼女の身体のことを考えて、一瞬躊躇するが、「今をこそ生きようとする」彼女の気持ちに負けて、「行こう、行こう」と言い出す。そして、男女6人は、即、自動車で海に行くのであった。
そして、海でなんだかんだあって、共に生きる意味を確認する。
そんなシーンの後、CMになり、自動車メーカーが「今なら、エコ減税、補助金も...」と言って、今、こそ自動車を買うのがお買い得という。
正直な話、国の税金を投入して商品を買わせようとする業界自体、もう終わりも近いとは思うが、それはともかく、消費しない若者に対して、この「カワイソウな物語」は資本社会の究極の兵器になりうるのだろうか。
なんでもありだなと思った。
まさむね

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[14 8 月 2010 | No Comment | | ]

昨日、「うぬぼれ刑事」を見た。
テレビドラマは「龍馬伝」以外で見ることはほとんどなくなったが、宮藤官九郎の脚本ということもあり久々に興味深くみさせてもらった。
フっと思ったのだが、彼の作品には必ず、「実はそうだった」という意外なキャラクタが登場するということ。
「木更津キャッツアイ」の謎の男・うっちー(岡田義徳)は、”実は”船上に住んでいた。
「マンハッタンラブストーリー」のタクシー運転手・赤羽伸子(小泉今日子)は、”実は”一流のコーヒー焙煎士だった。
「タイガー&ドラゴン」で裏原宿の服飾デザイナー・谷中竜二(岡田准一)は、”実は”落語の天才だった。
そして、昨日の「うぬぼれ刑事」に登場した美人の元バドミンドン日本代表選手の萩尾ゆみ(小雪)は、”実は”ホームレスで馬鹿だった。この意外性が宮藤官九郎のドラマの一つのポイントだ。
実は、この”実は”は、古くからの共同体が崩壊した後の人々のつながりが必然的に生み出す”実は”である。現代人の多くは、お互いの素性が知れた共同体を前提とした付き合いから、なんとなく集まっていくうちに仲間意識を持ち出すという絆を生きている。お互いがお互いにとって全人格というよりもある一部の「キャラ」としてつきあうようになっているということだ。
いい悪いは別にして、それがこの時代の必然なのだろう。
その意味で、この「キャラ」の影から垣間見られる”実は”というネタは極めて現代的だ。
おそらく、この他人の不透明性が、自分自信にも向けられた時、それは、自分自身ですら、何なのかわからないという方向に行く。それはここにいる自分とは別に、もう一人の自分がいるはずだという想念にも、簡単に結びつく。
この想念の延長に先般の幼児死体遺棄事件があるとすれば、ソフトバンクのCMで犬が実は昔サーファーだったという話を僕らはただ笑ってみていてもいいのだろうか..とも思ったりする今日この頃である。
まさむね
PS.90年代の前半、下北沢のスズナリで観た「大人計画」の「ゲームの達人」の中で宮藤官九郎が演じていた天皇仮面は究極的に危ないキャラ。テレビでなんてとても出来ないネタであった。あの頃の官九郎にはもう戻らないだろうな。

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[28 7 月 2010 | 2 Comments | | ]

「龍馬伝」の第三部が始まった。先週からだ。
その前の週の放送で、武市半平太と岡田以蔵を助けようとした龍馬は、自分が吉田東洋を暗殺した真犯人だと後藤象二郎に嘘をつく。
そして、弥太郎の導きによって半平太の牢屋に行って、彼を説得しようとするのだ。
さらに、龍馬はその直前に実家に戻り、離縁してほしいと兄に告げる。彼が犯罪者になることによって、坂本家に迷惑がかかるのを阻止しようとしたということなのだ。
まぁ、これを史実ではないと言うほど僕は野暮ではないが、それにしても、彼が坂本家から離縁された直後の長崎の場面から組み合い角に桔梗紋をつけた羽織を着るようになる経緯に関しては、もう少し丁寧に彼の心情を追ってもいいのではないかと思った。
彼は物語上ではすでに坂本家の人間ではないのだ。ということは彼が紋付を着ることは単純に言えば矛盾しているのである。
しかし、逆に、だからこそ彼が心の中に「坂本家の魂」を持ち続けるために敢えて紋付を着続けることを決心したというような挿話があってもいいのではないかというのが家紋主義者の願望であった。
また、先週の話だが、長崎の料亭で長州の高杉晋作、伊藤俊輔、井上聞多が坂本龍馬をはじめとする海軍操練所上がりの脱藩浪士に初めて会うというシーンがあったが、坂本龍馬以上に、陸奥宗光に感情移入している僕にとっては、陸奥が江戸遊学時代に伊藤俊輔(後の伊藤博文)とはすでに出会っており、尊皇攘夷で意気投合しているという事実がまるで無視されているのにちょっとがっかり。
もし、陸奥の人生をメインストリームに物語を作るとしたら、江戸で伊藤と出会い、お互いに信頼関係を持っていたことが、後の伊藤内閣において彼が外務大臣として抜擢され、条約改正を成し遂げる伏線となるはずなのである。
ちなみに、陸奥宗光に対する思い入れは、「家紋主義宣言」にも書かせていただいたが、僕と宗光のお孫さんの陽之助氏(実はこの陽之助という名前は宗光のあざなでもある)とのちょっとした縁があったからなのである。
陸奥家三代に流れる冷徹なリアリズムをNHKはどの程度描いてくれているのだろうか、それが今後の「龍馬伝」の楽しみだ。
まさむね

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[3 7 月 2010 | 6 Comments | | ]

先週の日曜日に見逃してしまったため、今日の昼の再放送で「龍馬伝」を見た。
今回は神戸の海軍操練所閉鎖に伴い、行き場を失った龍馬に、勝海舟が西郷吉之助を紹介し、龍馬が西郷に会いに行くという場面であった。
時期は禁門の変の後、西暦で言えば1864年頃の話である。
ここで僕は驚いた。西郷が「抱き菊の葉に十六葉八重菊」いわゆる「南洲菊(なんしゅうぎく)」の紋付を着ているのだ。
確かこの紋所は、明治天皇が自作し、直々に西郷に下賜したもののはずである。そして西郷はそれを恐れ多いとして、南洲本人以外の使用を禁止したといういわくつきの家紋である。(左絵は青山霊園にある西郷家奥津城に彫られた南洲菊)
それなのに、何故、明治維新以前のこの時期に彼がすでにこの紋付を着ているのであろうか。
これは明らかに歴史考証が間違っているのではないだろうか。おそらく、この時期であれば、西郷は菊池氏の流れを汲む鷹の羽系の紋所、あるいは、葉菊系の紋所をつけていたと思われる。
ちなみに、西郷が葉菊系を付けていたかもしれないということの根拠は、多磨霊園にある西郷の弟の従道の墓所にある三つ寄せ菊の葉(右絵)からである。
僕は「龍馬伝」に関してはその画面の美しさ、背景のオブジェやセリフのリアリティに感心しながらずっと見ていた。
例えば、土佐は南国だ。だから例えば、弥太郎の家の庭には亜熱帯系の植物が生えている。僕はそれをこのドラマ特有のリアリティとして楽しんでいたのである。
しかし、これでは台無しだ。僕が家紋に少し興味を持っているからこそこのミスがわかったのだ。もしかしたら、例えば、土佐弁の専門家、植物学の専門家から見たら、「龍馬伝」はかなり怪しいドラマなのかもしれないという疑惑すら出てきてしまった。
しかし、実は一昨年の「篤姫」でも、2008年10月5日のエントリー、『「篤姫」の家紋に物申す』でも書いたが、全く同様のミスがあった。
NHKは何故、こうも同じミスを繰り返すのであろうか。西郷という英雄と明治天皇との親密な関係を隠蔽しようとしているのであろうか。そう疑われもしかたのない連続ミスである。
そういえば、以前、『「龍馬伝」でどのように尊王を描くのかが楽しみだ』というエントリーでも書いたが、僕が「龍馬伝」で唯一、気になっているのが、龍馬の心の中の天皇という存在の薄さである。
「龍馬伝」における龍馬は確かに、攘夷派だ。しかも、海軍を作って外国が日本に攻めてこないようにしようとするという、現在の自衛隊論にも通じる先進的な考え方を持っている。その点、武市的な直情的な攘夷派とは一線を画している。それはそれでいい。しかし、龍馬の言動からスッポリと「尊王」という観念が抜け落ちているのが気になるのだ。
海軍操練所に多額の出資をした松平春嶽が、龍馬にたいして「勤王家」として評価していたという歴史的事実がある(これはドラマの後の歴史コーナーでも紹介されていた)にもかかわらず、ドラマの中の龍馬は天皇に対して全く想い入れが無いのである。
西郷の家紋にまつわる彼と明治天皇との信頼の物語を隠蔽しつづけるNHKの姿勢は、この「龍馬伝」における龍馬の天皇に対する想い入れの無さ、さらにいえば、NHKスペシャル「ジャパン デビュー」の反天皇の姿勢と通底していると見えてしまうのは僕のたんなる下衆の勘繰りなのであろうか。
まさむね

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[18 6 月 2010 | 2 Comments | | ]

フジテレビの連続ドラマ「素直になれなくて」がつらい状況に陥っているらしい。
最初はTwitterドラマというふれこみだったはずだが、おそらく、脚本家もスタッフもそれほどTwitterというものがわかっていなかったのだろう。
主役のナカジ(瑛太)が今まで友達があまりいなかったのに、Twitterで「本当」の友達を見つけたというところあたりからかなり怪しくなり、ハル(上野樹里)がドクター(ジュジュン)が不良に絡まれてナイフを取り出された時にTwitterでみんなに助けを呼ぶにいたっては、ドラマとTwitterとの関係が完全に破綻してしまった。
おそらく、人生最大級のピンチで、携帯から、あの重いTwitterを起動して、「助けて...」と入力する場面はドラマ史上稀に見るトンマなシーンとして僕らの記憶に残り続けるだろう。
そして、さすがに無理があるということがようやくわかったのか最近の数回では古い言い方だが、TwitterのTの字も出さなくなってしまった。
コミュニケーション手段がメールと携帯電話になってしまったのだ。
そして、ついに昨日の放送(自分は未見)では、メールもなくなり、ついに携帯電話だけになってしまったという。
北川悦吏子といえば、「ロンバケ」において画面を半分に切ってセナとミナミがお互いの部屋で(勿論、据え置)電話をするという掛け合いの名場面があったが、結局は、脚本家というのは、その人が一番よかった時代のアイテムで演出するのが最も正しいのかもしれない。
爪先立ちは、結局はバランスを崩すのである。
さて、Twitter>メール>携帯電話とコミュニケーション手段が退化しついでに、さらに、家電>電報>手紙>伝書鳩、そして、最終回のラストシーンでは、狼煙を上げ、「君が好きだ」と合図するというシーンで終わるなどの、実験的演出でもみたいものだ。
そうすれば、ますます人々の記憶に残るドラマになることだろう。
勿論、視聴率や「次の仕事」を考えなければの話だが...
まさむね

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[1 5 月 2010 | No Comment | | ]

「素直になれなくて」というドラマを観た。
先週の話である。
Twitterを通して出会った男女5人の青春群像ドラマというふれこみだ。
ようするに、「新しいものを取り入れてみました」ドラマだがはたして成功しているのか。
あるいは、微妙に痛いのか。
脚本家は北川悦吏子、いわゆるトレンディドラマのエース(?)である。
それがどれほど、現代の若者のスタンスをつかみきれるかどうかがこのドラマの見所だと思われた。
そのわりに演出が古い。
女が男にフられる。
 ↓
雨の中、傘もささずに走る
 ↓
その女のことを好きな男が偶然傘をさしている
 ↓
びしょ濡れの女、男に抱きつく
 ↓
劇的な音楽
そういったパターンは、おそらく80年代~90年代のトレンディドラマの勝ちパターンだ。
おそらく、確実に年齢を重ねている連続ドラマのメイン視聴者層仕様の演出なのだろう。
このドラマは、「現代」という新しい意匠をまとった内面=80年~90年代的なドラマか、新しい若者の姿をリアルに描き出しているドラマなのか、もう決着はついているのかもしれないが、それを確認しながら見ていきたい。と思ったが、先週の木曜日はたまたま「昭和の日」だった。だから、休みだから観れたのだ。
そうか、だから、演出も昭和だったのか。
まさむね

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[5 4 月 2010 | No Comment | | ]

NHKスペシャル「ジャパン デビュー」の第1回「アジアの一等国」という台湾の植民地時代のドキュメンタリー番組が放送されてから、今日でちょうど1年が経った。
チャンネル桜が中心となって集団訴訟を起こしたあの番組だ。
その後、NHKからは正式な謝罪も公開討論への誘いに対しても誠意ある対応がないようである。
僕も以前、台湾に行き、現地の原住民の方と話しをしたことがあるが、彼らは本当に日本統治時代を懐かしんでおられた。
そんな記憶がほんの例外的なものではないことを祈る。
いずれにしても、そのうち裁判の結果が出るだろう。そして全てが明らかになるだろう。
しかし、問題はその結論がどれだけ、NHK、そして他のテレビ局によって報道されるのかだ。
同業者をかばうようなことがあれば、それこそ長い目で見れば、自分達の首をさらに絞めることになるであろう。
そういえば、「龍馬伝」も物語としては楽しく見ているのだが、龍馬の尊王攘夷に対する思いが微妙にはぐらかされているのが気になる。
彼は明確に自分の意思を示さないのだ。
尊王という観念が無ければ、龍馬が脱藩して京都に向かうという意味が曖昧になってしまうではないか。
彼はただ、自分探しの旅に出たくて、死刑を覚悟で藩を飛び出したのであろうか。そんなことはあるまい。
ドラマなので仕方が無いとは言え、そのあたりをどの程度、誠実に描くのか、あるいはイデオロギッシュに描くのかこれからの注目点である。
まさむね

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[29 3 月 2010 | No Comment | | ]

「龍馬伝」の微妙な無理が気になって仕方がない。
例えば、龍馬が何故、土佐勤王党に入ったのか。おそらく史実では尊皇攘夷思想、つまり、武市半平太とほぼ同じ考えだったからではないのか。
ところが、先週の話だと、武市の暴走を止める(?)ためということを匂わせていた。
武市がそのようなセリフを龍馬に言って、龍馬はそれを否定しなかったところだ。
つまり、「龍馬伝」では龍馬は尊皇攘夷とはとても思えないのである。
また、脱藩に関しても、「土佐が息苦しい」程度で決意するのはどう考えても安易ではないのか。
もっと広い世界を見たいだけであれば、再び江戸に出ればいいだけの話だ。先日は、久坂に会いに長州にも行っている。行動は比較的自由だったのではないだろうか。
沢村惣之丞に勧められたということだが、彼と龍馬との絆は十分に描かれていたとは思えない。彼の説得が龍馬にそれほどの説得を与えたということが見えてこないのだ。
勿論、吉村寅太郎は話題に出てきただけで、確か画面には一度も登場していない。
おそらく、真相は、武市による吉田東洋暗殺の犯人にされることを恐れた龍馬は「逃げた」というのが真相だろう。
勿論、この行為は責められるべき話ではない。ある意味、当然の行動だろう。
龍馬を聖人的に扱おうとするからこういった無理が生じるのである。
しかし、そこを泣き顔、音楽、映像でごまかしているような気がしてならない。
勿論、僕はそれでも「龍馬伝」を物語として楽しんでいる。福山も魅力的だ。
今後も見続けたいとは思うが...
まさむね

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[3 2 月 2010 | No Comment | | ]

「龍馬伝」を面白く見ている。
とにかく、画像がキレイだ。今までの大河とはだいぶ違う。
でも、過去の時代なのに、主人公(あるいはその周辺人物)だけ現代的な価値観を持っているという構造は、基本的には同じだ。
前回の放送でも龍馬の姉・乙女さん(寺島しのぶ)が龍馬に「お前らしく生きろ」という手紙を送るシーンがあった。
ようするに「個性的であれ」という指摘だが、これはまさしく現代的。本当にそんな手紙を書いたのだろうか。書いていたとしたら、乙女さんという田舎娘、只者じゃない。
しかし、のちの龍馬の時代を超えた発想には、なんらかの原因があるはず、あながち、うそとも言えないのかもしれない。
さて、龍馬の一生を見てみると、歴史上の英雄のある典型が見られる。似ているのは、ヤマトタケルと源義経だ。
三者の共通点を挙げてみると、1)子供の頃から武勇に優れていること、2)日本中を移動していること、3)悲劇的な死を迎えていること、4)周りの人が助けてくれることだ。
1)に関していえば、龍馬の子供時代は、できの悪い子供だったらしいし、タケルは兄をボコボコにやっつけるほどにヤンチャ、義経は天狗に育てられたといわれている。
2)では、龍馬は土佐>江戸>神戸>長崎>京都>薩摩>長州などを行ったりきたりしている。タケルは、熊襲退治、蝦夷征伐に出ている。そして、義経は、京都>平泉>鎌倉>京都>壇ノ浦>京都>腰越>大阪>吉野>北陸>東北と、当時としては別格的に移動している。そのせいか、全国的に彼らを顕彰する銅像や祠が残っている。
そして、3)では、龍馬は暗殺、タケルは野たれ死に、義経は裏切りの後の戦死である。
また、4)こそ英雄の真骨頂だ。龍馬はそれこそ、友達や先輩や女性に恵まれて時代を駆け抜けた。タケルには弟橘姫という身を犠牲にして彼を救ってくれた伴侶がいた。そして、義経には弁慶や静御前、佐藤兄弟という仲間がいた。特に何故か、彼らは特に女性にもてる。やっぱりなにか底知れない人間的な魅力を持っていたのだろう。
おそらく、女にモテるというのは芸能の一つなのかもしれない。他にも、架空の人物だが光源氏や大国主命、小栗判官も女にモテている。
ただ、龍馬と、タケル&義経で一つ大きく違うのが、龍馬は家族に恵まれていたということだ。一方、タケルは兄を殺し、父親から疎んじられるし、義経は幼い頃に母親と離れ、結局は兄から疎んじられるのだ。数年前のタッキーの義経が微妙に暗かったのは、その義経の幼少期のトラウマかもしれない。一方、龍馬に影があるとすれば、彼が最後、非業の死を遂げるということがわかっているからだろう。
まさむね