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テレビドラマ »

[16 1 月 2012 | 4 Comments | | ]

NHK大河ドラマ「平清盛」が素晴らしい。
僕は、先週の日曜日の第一回放送を見逃してしまい、一昨日の土曜日に第一回目、昨日の日曜日に第二回目の放送を立て続けに観た。
第一回目放送後、兵庫県知事の「鮮やかさがなく、薄汚れた画面ではチャンネルを回す気にならないというのが第一印象」という発言も聞いていたし、保守系の方々による、いわゆる王家呼称問題なども耳に入ってきていて、なにかと外野が騒々しいという印象だったので、いかがなものかという気がしないでもなかったのであるが、予想以上のスタートに感心してしまった。
僕は、昨年位から、ドラマの歴史考証が云々という視点で大河を見るような態度は捨てるようにしている。
それでないと観てはいられない、ということもあるのだが、あまりそういった観点でディテイルを観ることにちょっと飽きているというのもあるのだ。
さて、物語の内容に関してであるが、まずは、清盛(幼名は平太であるがこのエントリーでは清盛で通す)の出生の特殊さが、これでもかと、描き出される。この執拗さが凄い。
法皇という高貴な血を引いていながら、しかしその血は、同時に、不道徳で横暴な「うつつの物の怪」の血(と遊女の血)でもあるという聖穢の両面性を併せ持つ清盛。陰陽師の占いによって天皇家(=国家)に禍をもたらす宿命があるということで流産させられそうになる。その命令から逃げた母親によって馬小屋で誕生するが、その母親からも、産声を上げた瞬間に殺されそうになる。
しかし、母親は思いとどまり、その子を育てることを決意するが、結局は捕縛され、法皇の前に出される。そして、そこで、法皇によって抹殺されかけるが、結局は母親の命を賭けた咄嗟の行動によって救われる...
これは、まさに怒涛の展開だ。大河ドラマでありながら、明らかにその枠を超えた、まるでシェークスピア悲劇や、旧約聖書、はてはアーサー王伝説やギリシャ神話の臭いがする。このドラマのテーマが、おそらくは、「血の宿命」といった重いものになる予感が初回、二回目からプンプンしてくる。
例えば、オープニングの映像にまずサイコロが何度か登場する。また、第一回目放送では、祇園女御と双六をしたり、第二回目放送では賭博場のシーンが出てくる。いずれのシーンでも清盛は的確な賽の目を出す。
思えば、当時権勢を誇った白河法皇は、意のままにならないものとして、賀茂川の流れ、比叡山の僧侶と並んで、この双六の賽の目を上げたというが、このドラマでは、その賽の目をも、自由に出せる「天賦の力」が、この清盛に宿っているかのように扱われている。つまり、このドラマにおけるサイコロとは、彼が法皇を超える権勢を得るであろう強い宿命を持つ男として生きるということの伏線となっているのである。
また、白河法皇が出した殺生禁止令に対して、抗議に行く清盛であるが、実は、民衆を苦しめるこの令の根本に、法皇が恐れた清盛の母親の惨死があったということを、そして、それは清盛が生きているということ自体から来る因縁であることに気付かされる。つまり、法皇に抗議しに行った清盛は、自分自身の存在自体が、回りまわって、庶民を苦しめていたという逆説に、初めて出会うということになるのである。
おそらく、清盛が持っているこの暗い宿命が、彼をずっと苦悩させ続けるのであろう。
何故ならば、この宿命は、白河法皇が持つ物の怪の血から逃れられないという宿命だからでもある。そして、その宿命によて、清盛は、ゆくゆくは、意識しようがしまいが、あの憎んでいた法皇に似てくるに違いない。おそらく、それが、このドラマの大きな見所の一つとなろう。
例えば、ご存知の通り、白河法皇が、清盛を生かしておいたという、その人生において唯一見せた人情(=甘さ)の遺伝子は、後に清盛をして頼朝を殺さなかったという人情(=甘さ)として受け継がれ、それが平家を滅ぼすという因果に続く、多分。
大きな宿命の前では、一時の善行が自らの不幸の種になるというこの逆説。自分が生きようとすること、欲望を満たそうとすること自体が、誰かを不幸にしてしまうという逆説。
いままでの大河にないその邪悪な部分が、今後、どのように描かれていくのかが、とっても楽しみである。
まさむね

テレビドラマ, 歴史・家紋 »

[28 11 月 2011 | 2 Comments | | ]

「江」が終了し、12月より、「坂の上の雲」の第三部が始まります。それを記念して、ドラマ主要登場人物の家紋を一覧表にしてみました。

主人公関連人物(秋山家と正岡家)

秋山真之(あきやまさねゆき)
伊予国松山

1868年4月12日 - 1918年2月4日
海軍軍人

物語の主人公。日露開戦に際し連合艦隊参謀に就任。

丸に抱き茗荷
本木雅弘

秋山好古(あきやまよしふる)
伊予国松山

1859年2月9日- 1930年11月4日
陸軍軍人

真之の兄。日本騎兵の育成に尽力する。

丸に抱き茗荷
阿部寛

正岡子規(まさおかしき)
伊予国松山

1867年10月14日 - 1902年9月19日
俳人

真之の幼馴染。日本の近代文学に多大な影響を及ぼす。

丸に三つ鱗(違い鷹の羽)※剣片喰、五三桐、三つ引両という説あり。
香川照之

海軍関連人物

広瀬武夫(ひろせたけお)
豊後国竹田

1868年7月16日 - 1904年3月27日
海軍軍人

日露戦争の第二次閉塞作戦の際に戦死する。

丸に並び鷹の羽
藤本隆宏

八代六郎(やしろろくろう)
尾張国丹羽郡楽田村

1860年1月25日 - 1930年6月30日
海軍軍人

真之に稲生季子を紹介し、結婚の際には仲人を務めた。

折敷に三の字
片岡鶴太郎

日高壮之丞(ひだかそうのじょう)
薩摩国

1848年4月26日 - 1932年7月24日
海軍軍人

日露戦争直前に常備艦隊司令長官を罷免される。

割り杏葉菊に違い鷹の羽
中尾彬

東郷平八郎(とうごうへいはちろう)
薩摩国鹿児島城下

1848年1月27日 - 1934年5月30日
海軍軍人

日露開戦の時、連合艦隊司令長官に任命される。

丸に蔦
渡哲也

山本権兵衛(やまもとごんべえ)
薩摩国鹿児島郡

1852年11月26日 - 1933年12月8日
政治家

日露戦争時は海軍大臣。「日本海軍の父」と呼ばれた。

抱き鬼梶の葉
石坂浩二

加藤友三郎(かとうともざぶろう)
安芸国広島

1861年4月1日 - 1923年8月24日
軍人、政治家

日露戦争開戦時の第2艦隊参謀長。後に首相(第21代)。

蛇の目
草刈正雄

島村速雄(しまむらはやお)
土佐国

1858年10月26日 - 1923年1月8日
海軍軍人

日露戦争開戦時の連合艦隊兼第一艦隊参謀長。

丸に変り三つ蔓蔦
舘ひろし

有馬良橘(ありまりょうきつ)
紀伊国和歌山

1861年12月16日 - 1944年5月1日
海軍軍人

日露戦争開戦時の連合艦隊兼第一艦隊参謀。

丸に二引両
加藤雅也

財部彪(たからべたけし)
日向国都城

1867年5月10日 - 1949年1月13日
海軍軍人

広瀬と兵学校の同期。日清戦争後、英国への留学生に選ばれる。

丸に打板
飯田基祐

伊地知彦次郎(いちじひこじろう)
薩摩国

1860年1月6日 - 1912年1月4日
海軍軍人

日露戦争時には、連合艦隊旗艦「三笠」の艦長として従軍。

丸に隅立て組み井桁
ダンカン

山下源太郎(やましたげんたろう)
出羽国置賜郡

1863年8月26日 - 1931年2月18日
海軍軍人

日露戦争開戦時、佐世保に在泊する連合艦隊に命令書を手渡す。

五瓜に唐花
鷲生功

伊東祐亨(いとうすけゆき)
薩摩国鹿児島城下

1843年6月9日 - 1914年1月16日
海軍軍人

日露戦争時の海軍軍令部総長。

庵木瓜
山野史人

鈴木貫太郎(すずきかんたろう)
和泉国大鳥郡

1868年1月18日 - 1948年4月17日
軍人、政治家

大戦果を挙げ、日本海海戦の大勝利に大きく貢献。後に首相(第42代)。

上がり藤
赤井英和

安保清種(あぼきよかず)
佐賀県

1870年11月8日 - 1948年6月8日
海軍軍人

日露戦争時、戦艦「三笠」の砲術長を務める

丸に実付き三つ柏
土平ドンペイ

陸軍関連人物

児玉源太郎(こだまげんたろう)
周防国都濃郡

1852年4月14日 - 1906年7月23日
武士、陸軍軍人

好古在学時に陸軍大学校の教官を務める。

唐団扇笹
高橋英樹

山県有朋(やまがたありとも)
長門国阿武郡川島村

1838年6月14日- 1922年2月1日
政治家、軍人

元老。枢密院議長。陸奥・川上の根回しで日清開戦を支持する。

丸に三つ鱗
江守徹

大山巌(おおやまいわお)
薩摩国鹿児島城下

1842年11月12日 - 1916年12月10日
政治家、軍人

日清戦争では第2軍司令として好古らを率いて旅順を攻略。

丸に隅立四つ目結
米倉斉加年

乃木希典(のぎまれすけ)
武蔵国江戸

1849年12月25日 - 1912年9月13日
軍人

日露戦争では第3軍司令官として旅順総攻撃を指揮する。

四つ持ち合い井筒(市松四つ目結い)
柄本明

明石元二郎(あかしもとじろう)
筑前国福岡

1864年9月1日 - 1919年10月26日
陸軍軍人

ロシア国内の革命勢力を支援しロシアを内部から揺さぶろうと画策。

丸に撫子
塚本晋也

川上操六(かわかみそうろく)
薩摩国

1848年12月6日 - 1899年5月11日
陸軍軍人、華族

日清戦争時の陸軍参謀次長。日清戦争開戦を主導。

丸に桔梗
國村隼

伊地知幸介(いちじこうすけ)
薩摩国

1854年2月3日 - 1917年1月23日
陸軍軍人

日清戦争時は第2軍参謀副長。日露戦争では旅順攻略を実施。

三ツ盛り山
村田雄浩

森林太郎(もりりんたろう)
石見国津和野

1862年2月17日 - 1922年7月9日
小説家、軍医

第2軍軍医部長。従軍記者として清国を訪れた子規と出会う。

乱れ追い重ね九枚柏
榎木孝明

有坂成章(ありさかなりあきら)
周防国岩国

1852年4月5日 - 1915年1月12日
陸軍軍人

参謀本部技術審査部長。三十年式歩兵銃の開発に成功。

五瓜に唐花
矢島健一

長岡外史(ながおかがいし)
周防国都濃郡末武村

1858年6月23日 - 1933年4月21日
陸軍軍人

軍大学校で好古の同期。日露戦争時は参謀本部次長。

丸に一文字に剣山の字
的場浩司

奥保鞏(おくやすかた)
豊前国小倉

1847年1月5日 - 1930年7月19日
陸軍軍人

日露戦争開戦に伴い第2軍司令官として出征。

中陰五瓜に唐花
伊吹剛

落合豊三郎(おちあいとよさぶろう)
武蔵国江戸

1861年4月7日 - 1934年3月31日
陸軍軍人

第二軍参謀長。

丸に三つ柏
伊藤祥三郎

野津道貫(のづみちつら)
薩摩国鹿児島城下高麗町

1841年12月17日 - 1908年10月18日
軍人、政治家

第4軍司令官に就任し、日露戦争に参戦。

六つ追い丁子
宗近晴見

政府関連人物

伊藤博文(いとうひろぶみ)
周防国熊毛郡束荷村

1841年10月16日 - 1909年10月26日
政治家

日清戦争時の首相。日露戦争では外交交渉に奔走。

上がり藤
加藤剛

高橋是清(たかはしこれきよ)
江戸芝中門前町

1854年9月19日 - 1936年2月26日
政治家

日露戦争時、日銀副総裁として戦費の調達に奔走する。

三つ追い沢瀉
西田敏行

小村寿太郎(こむらじゅたろう)
日向国飫肥

1855年10月26日 - 1911年11月26日
外務大臣

外務大臣として日英同盟の締結。一方、露国との交渉も行う。

丸に揚羽蝶
竹中直人

陸奥宗光(むつむねみつ)
紀伊国

1844年8月20日 - 1897年8月24日
政治家、外交官

外務大臣。川上参謀次長と組んで日清開戦を主導する。

仙台牡丹
大杉漣

井上馨(いのうえかおる)
周防国 湯田村

1836年1月16日 - 1915年9月1日
政治家、実業家

日清戦争が起こった第二次伊藤内閣では内務大臣を務める。

桜菱(割剣酢漿草菱)
大和田伸也

桂太郎(かつらたろう)
長門国阿武郡萩町

1848年1月4日 - 1913年10月10日
陸軍軍人、政治家

日英同盟成立を推進。日露戦争開戦時の首相。

花菱
綾田俊樹

金子堅太郎(かねこけんたろう)
筑前国早良郡鳥飼村

1853年3月13日 - 1942年5月16日
官僚・政治家

憲法の起草にも携わり、「伊藤博文の懐刀」とも呼ばれる。

高崎扇
緒形幹太

松方正義(まつかたまさよし)
薩摩国

1835年3月23日 - 1924年7月2日
政治家

日露戦争に関しては積極的に開戦を主張。

抱き菊の葉に抱き茗荷
大林丈史

伊集院彦吉(いじゅういんひこきち)
薩摩藩

1864年7月22日 - 1924年4月26日
外務大臣

明治、大正時代の外交官。後に外務大臣。

丸に三方剣花菱
亀山忍

皇室

明治天皇(めいじてんのう)
京都・中山忠能邸

1867年1月30日 - 1912年7月30日
第122代天皇

外交交渉の決裂を受け日露戦争開戦の聖断を下す。

十六八重表菊(画像は靖国神社)
尾上菊之助

市井の人々関連人物

陸羯南(くがかつなん)
陸奥国弘前

1857年11月30日 - 1907年9月2日
ジャーナリスト

新聞「日本」の社長。大学在学中から子規の面倒を見ていた。

幸い菱に花菱
佐野史郎

古島一念(一雄)(こじまいちねん)
但馬国豊岡

1865年9月20日 - 1952年5月26日
ジャーナリスト

雑誌「日本人」の記者。玄洋社の頭山満と結んで孫文を援助。

鶴の丸
建蔵

福本日南(ふくもとにちなん)
筑前国福岡

1857年6月14日 - 1921年9月2日
ジャーナリスト

陸羯南らと共に新聞『日本』を創刊。編集者として活躍。

五三桐
小林利也

高浜虚子(たかはまきょし)
愛媛県松山市長町

1874年2月22日 - 1959年4月8日
俳人、小説家

少年期は真之を慕い、後に子規を追って東京へ出る。

九曜
森脇史登

河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)
愛媛県温泉郡

1873年2月26日 - 1937年2月1日
俳人・随筆家

少年期は真之を慕う。虚子と子規門下の双璧をなす。

丸に三つ鱗
大藏教義

内藤鳴雪(ないとうめいせつ)
伊予国松山

1847年4月15日 …

テレビドラマ »

[27 11 月 2011 | 4 Comments | | ]

NHKの大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」の最終回を観終わりました。
最終的には、終わりよければ全てよしというハッピーエンドで締めくくられた感じでした。
最後、秀忠が江に向って「そなたは私の希望だ」という言葉をかけるシーンはクライマックスの名シーンなのでしょうが、残念ながら、僕にはその意味がよくわかりませんでした。
家康が亡くなり、幕府の基礎作りが終わり、江も大奥制度構築に着手。全ての憂いは無くなり、家光に家督を譲った後の台詞としては、ちょっと座りが悪い感は否めませんでしたね。
ただ、ドラマとして、未来に向けてのなんらかのメッセージを発したかったのでしょう。そういった製作者側の意図はなんとなくわかりました。
一言で言ってしまえば、今回の大河ドラマの基本コンセプトは歴史を舞台にした「ホームドラマ」でしたね。
夫と妻、父と娘、母と息子といったどこの家にでもあるような家族内の葛藤を徳川家を舞台にして演じたらこうなるという脚本・演出だったように思います。
国松(次男)が江(母親)と秀忠(父親)にかわいがられているところを、竹千代(長男)が柱の陰から覗いて嫉妬するというようなシーンが何度も出てきましたが、思わず「江戸城は2LDKか?」と突っ込みを入れたくなりました。
実は、僕は、最終回に、この竹千代(家光)がどのように世継ぎを宣言され、どのように成長していくのか、そしてどのような性格として描かれるのかというところを注目してみていました。ところが、残念ながらというか、逆に言えばよかったのですが、それらのシーンは極めて普通に通り過ぎていってしまい、アレっという感じがしましたね。
以下、その「アレっ」の中身についてもう少し詳しく書いてみたいと思います。
大雑把に言えば、家をどのように相続させるのかというのは、鎌倉、室町、江戸という武家の三時代を特徴付ける一つのシステムです。
例えば、鎌倉時代は、主に男子に対しては均等に財産を分与し、家を分家させるシステムでした。日本では他国に比べて名字が多い(世界第二位)のは、この時代のそういった相続システムが一因だと思われます。しかし、これは、平等は平等なのですが、家がどんどん細分化され、弱体化するという欠点を持っていました。
そして、それでは困るということで、室町時代に採用されたのが、息子の中で一番、優秀な子が全部を相続するといういわゆる惣領制です。これは、確かに合理的ではありますが、実は誰が優秀かということで争いが起きます。室町時代が戦国時代に発展していったのは、そういった相続システムにも一因があると考えられます。「江」においても、最初、「世継ぎには、江は国松が相応しいと思う」というようなことを述べていましたが、それは彼女自身まだ、精神的に室町時代、戦国時代を引きずっていたということでしょう。
そこで、江戸時代、平等分配でも、惣領制でもない、秩序ある平和な世の中を第一優先として、採用されたのが、長子相続制というシステムでした。大げさに言えば、竹千代が、第三代将軍になるというのは、そういった価値観の大転換を天下に示すという意味があったということです。
その意味で、僕は、世継ぎシーンがどのように演出されるのかに期待して、「江」の最終回を見ていたわけです。
勿論、秀忠から竹千代に対して、そういった沙汰が下されるシーンでは、「長幼の序云々」といった口上はあったのですが、ドラマとしては、竹千代の跡取りは、前回放送回の江と竹千代との抱擁によって決定付けられたという流れになっていたように思われました。まぁ、このあたりは解釈の違いということなのでしょうが、僕には、江が竹千代の本心を理解し、謝罪するという「わだかまりの氷解」こそが、竹千代の世継ぎを江が納得した本質のように見えたということです。
しかも、僕の「アレっ」という感覚にはもう一つの原因があります。
それは、子供時代の吃音や女装趣味、わがままといった、竹千代の人生をも特徴付けるようなキャラ設定はいつの間にか無くなっており、極めて普通に成長した家光という姿がそこにあったからです。しかも、優しい正論で江を諭すようなシーンさえもあったり。
あの幼少の頃のキャラは、成長後の伏線になると思っていたのですが、それは僕の勘違いだったわけです。
というのも、竹千代が成長した家光は、異常な男色家として知られていただけではなく、海音寺潮五郎が「武将列伝」で書いているように、辻斬り(夜間にお忍びで市中に出かけて、浮浪者、無宿者などを斬殺)を趣味とするような過激マッチョな男だったらしいのですが、最終回では、そういった性格には、全く触れられていませんでしたからね。
一応、史実を確認しておくと、後日、徳川忠長は、家光によって蟄居謹慎されられたあげくに、切腹をさせられています。
ちなみに、僕は、先月、高崎の大信寺にある忠長の墓に参ってきたのですが、墓所についていた三つ葉葵には、葉脈が省略されて(左画)いましたね。また、右画は、最終回に登場した保科正之の子孫・松平勇雄(元福島県知事)の家紋の会津葵です。河骨紋にも似ていますね。
まさむね

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[24 11 月 2011 | 6 Comments | | ]

NHKの大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」が最終回を残すのみとなりました。
僕は、今年の大河に関しては、以下の二つしかエントリーを上げていませんでした。
「江~姫たちの戦国~」において気になる利休の台詞とNHKの価値
「江〜姫たちの戦国〜」は痛快ではあるが、受験生にはオススメできない
でも、実は、毎回観ていたんですよね。それは、単純に江役の上野樹里さん、秀忠役の向井理さん、そして初役の水川あさみさんが好きだからという理由ですけど。
さて、それはともかく、NHKの大河ドラマの場合、多くの視聴者が予備知識として既にイメージを持ってしまっている歴史的な名場面をどのように処理するのかといった、製作者側の当て方、ハズし方を楽しむというのも一つの観方ではないかと、僕は以前から思っています。
例えば、昨年、放送された「龍馬伝」では、坂本龍馬(福山雅治)が、勝海舟(武田鉄矢)と最初に会う場面を、一般的には龍馬は海舟を斬りに行ったといわれている(「氷川清話」による)ところを、海舟を斬りに行ったのは龍馬ではなく、岡田以蔵(佐藤健)ということにしていましたね。このシーンは数年前の「篤姫」では、ド・直球に描かれていたので、おそらく、”福山龍馬”のキャラを考慮して修正したんだなという想像が出来ました。
その意味で、僕にとっては、今年の「江」(特にここ数回)の話では、大阪夏の陣で、どのように淀殿と秀頼が自害の追い込まれるのかというのが一つの焦点でした。
というのも、そこまでに至る経緯で秀忠は、徳川家と豊臣家の平和共存路線を主張し、賛同する江に対しても、「私の任せて欲しい」とまで言っていたわけですから。
ただ、歴史の顛末を知ってしまっている僕らにしてみれば、大阪城の二人は自害するのはわかっているわけで、当然、視聴者としては、家康が秀忠をどのように説得するのか、あるいは、強引に事を進めるのかというのが一つの見所だったわけです。
しかし、物語は、真田幸村軍の襲撃にあった家康が命からがら難を逃れ、その直後に、全権を秀忠に移譲、そして秀忠の命令によって、大阪城には火がかけられて落城し、淀殿と秀頼は自害するという結末をむかえる展開にしていました。
おそらく、ただ歴史とドラマとの辻褄を合わせるのだとしたら、家康の命令によって、大阪城落城し淀殿と秀頼の自害するという流れが自然だったのでしょうが、敢えてこうした演出をした意図を僕は考えざるを得ませんでしたね。
それまで、このドラマにおける秀忠というのは、どちらかと言えば、どうしようもない子供であり夫でした。彼はいつも、畳の上で寝転んでダラダラしていました。そして、父・家康とは、ギクシャクした関係を続けていました。自分自身の力で何事かを成すことはなく、常に受身で、不満たらたらの存在でした。
勿論、なんとかしなければという気持ちは常にあるのですが、それは空回りして、しかも、彼は彼が持つ理想の実現に向けては、ほとんど実践も努力も出来ないキャラだったわけです。宮台真司的に言えば、「任せてブーたれる」典型的な”ダメな人間”として描かかれていました。
しかし、このドラマは、敢えて、一番大事な場面で、突然、全てが彼の決断に委ねられるような展開にしたというわけです。
そこで、彼は理想を捨てて、現実的な決断をせざるを得ない立場に立たされます。つまり、それまでの甘えた自分を卒業し、それまでの自分を否定にせざるを得ない状況に立たされるのです。そして、その決断が、戦国時代を終わせ、新しい世をむかえるという展開にしたわけですね。
そして、この展開は、この大河ドラマが2011年の空気を微妙に感じていたための演出ではないかと考えてみました。
というのも、努力も実践もせずに、ただ悩みながら、その挙句に、特権的にセカイ(日本)を救う立場に立たされる存在、という点で、「江」における秀忠は、「魔法少女まどか☆マギカ」におけるまどかと似ていたからです。
僕の旧友でゲームクリエイターのI君は、かつてはドラマやゲームの王道であった、努力や精進の積み重ねによっていつの日にか成功するといったストーリーは、徐々に支持を得られなくなっているのではないか?と言っていましたが、まさに「江」も「まどマギ」もそんな時代の流れの中にあるコンテンツなのかもしれませんね。
あるいは、それは、突然の政権交代によって、全てを決断せざるを得ない立場に立たされながらも、何も決断できない民主党に対する皮肉にもなっている...というのは考えすぎでしょうか。
まさむね

テレビドラマ, ビートルズ »

[14 7 月 2011 | No Comment | | ]

当たり前の話であるが、世の中に生きている人は、それぞれが勝手な世界の中で生きている。
Twitterのタイムラインを眺めていると、そんなことを感じる。本当にみんな、いろんなことを考えながら生きているんだなぁと。
しかし、その勝手な世界で生きている個々人が、なんの因果かお互いに関わりあって、この世界を作っている、それも真実である。
突然、なんでこんなことを書くのかというと、今日、「セクシーボイスアンドロボ」というテレビドラマのDVD(の第一話)を観たからである。
妻と問わず語りの雑談をしていて、松山ケンイチの話になり、なんとなく一緒に観ようという話になったのだ。
このテレビドラマは今から4年くらい前に放送されたドラマで視聴率もあまりよくなかったらしいので、おぼえていらっしゃる方も少ないかもしれない。
ただ、昨年放映された「Q10」の脚本もつとめた木皿泉が、ほとんどの脚本を手がけている作品であり、あるいは、来年の大河ドラマ「平清盛」の主役に抜擢された例の松山ケンイチの初めての主演テレビドラマとして記憶されるべき作品である。
まだ、このドラマの第一話しか観ていないので、それを前提に、以下、読んでいただければと思う。
オタクのサラリーマン須藤(松山ケンイチ)と、普通の女子中学生のニコ(大後寿々花)、そして三日たつと全て忘れてしまうという殺し屋の三日坊主(中村獅童)。
普通の生活をしていたら決して、交わることの無かったこの三人が、偶然に出会い、物語に巻き込まれていく。
話の展開の強引さは、ファンタジーの仕掛けとして置いておくとして、僕が惹かれたのは、彼ら三人が、それぞれ全く別の妄想(現実)を生きているにも関わらず、しかし、ある種の運命にひきづられるようにして、いきなり濃密な関係になっていくというその不思議さに関してである。
それは、空間と時間のイタズラとしかいいようのないもので、僕ら人間は現実に起きたことをそういったイタズラに翻弄されているとしか思えない瞬間が本当にマレにあるのだ。
そして、その瞬間の不思議さを見事に映像化したのが、この「セクシーボイスアンドロボ」なのである...とりあえず言ってみたくなるのであった。
ちなみに、このドラマに登場する女子中学生の父親は牛乳瓶のフタを集めるのを趣味としているが、最近の木皿作品である「Q10」にも電柱マニアの学校教師(爆笑問題の田中演じる)が登場する。木皿のそういった超個人的な妄想世界に生きる男性に対する眼差しは本当に暖かい(し、適度に残酷)である。
さて、最後のほうで、殺し屋の三日坊主に狙われた朝丘ルリ子演じる謎の女性が、逆に爆死してしまった三日坊主についてのニコからの質問に答えて言う。(だいたいこんな感じ)
ニコ・・・三日坊主が死んだのは私のせいなの?
謎の女性・・・そうよ。全ての人間は、関わって生きてるんだから!
この残酷だけど、不思議な真実。これがこのドラマの主題か。僕はそんなことを直感したのでありました。
さて、話は変わるが、かつて日本にも「袖振り合うも他生の縁」ということわざがあった。
この言葉は真実だとも言えるし、そうでもないとも言える。つまり、感じる人には感じることができる言葉ではある。
しかし、僕には、現代という絆が失われた時代に生きるからこそかみ締めるべき言葉のように思える。
それは例えば、具体的にはTwitterでフォローしてくれている数百人の人との縁を感じてみることであり、このブログを読んでいただいてる人々のことを想像してみるということでもある。
その意味で、現代という時代は、人と人との出会いがより偶発的に起きる可能性がある面白い時代であるとも言えるのだ。
ちなみに、僕がTwitter上で使っているユーザー名は@dearpludenceというが、これは、ザ・ビートルズの「DEAR PRUDENCE」という楽曲から取得した名前である。(本来、PrudenceだったのがPludenceとなっているのは、「r」でのユーザー名取得が出来なかったからである)
この曲は、瞑想のために、インド旅行に行った時に、部屋に閉じこもって出てこなくなったミア・プルーデンスを元気つけようとしてジョンが作ったといわれている曲であるが、この歌の歌詞の中には僕がザ・ビートルズの中でも最も好きなフレーズがある。それが以下である。
That you are part of everything
君もこの世界の一部なんだ
現在、ほとんど家の中にいて、そこからネットを通して世界を眺めるというニート状態の僕ではあるが、そんな僕も世界の一部なのだと、静かに語りかけてくれる、この「セクシーボイスアンドロボ」と「DEAR PRUDENCE」。
本当に世界の一部だと実感できるような明日は、僕にも来るのだろうか。
まさむね