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本日行われた「ベストヒット歌謡祭」でEXILEが3年連続、合計5度目のグランプリの輝いたという。
いまや、こういった賞にどんな意味があるのかは知らないが、とにかく素晴らしい(棒読み)ことではある。
僕は以前より、EXILEこそ、皇室の美意識の源泉である平安文学の「雅」を現代に伝えるボーカルグループだと勝手に評価していた。
例えば、ちょっと前に、天皇陛下ご在位20周年記念の式典で歌を披露したときのATUSHIの顔は安徳天皇の死を悼む琵琶法師の悲しげな表情に瓜二つであった。また、2年前のレコード大賞の受賞曲「Ti Amo」の冒頭の歌詞「日曜日の夜は ベッドが広い 眠らない想い 抱いたまま朝を待つ」の部分は、平安朝の女流歌人、藤原道綱の母が詠んだこんな歌と通底する何かがある。
嘆きつつひとりぬる夜の明くるまはいかに久しきものとかは知る
ベットが広いと、夜が長いと微妙にちがうが、まさしく同じ心情と言ってもいいだろう。
そして、さらに、極めつけな発見をしてしまった。明治天皇はEXILEそのものだったのである。
もしかしたら、日本文化の特徴は「たおやめぶり」とヤンキーの惹きつけあいつつ反発しあうような関係にあるにちがいない。
それは縄文と弥生の絶妙なバランスと言い換えてもいいのかもしれない。
今日は短いがこのへんで...
まさむね
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平原綾香のコンサートに行ってきた。たしか新世界ツアーと銘打たれたもの。ご存知のとおり彼女の歌はクラシック原曲をベースに独自の歌詞をつけて歌ったものが多い。改めて思ったのはとにかく歌がうまいということと、その圧倒的な音楽力のセンス。
これはぼくら70年・80年代にその青春を過ごしたものからすると、明らかに圧倒されることだ。まさむねさんが「動物化するポストモダンは尖閣事件以降も有効か」のエントリー記事で取り上げていたことだけど、動ポスの認識では現在は大きな物語が終わったあとの時代に位置するということになる。大きいか小さいかはべつにして、たしかに70年代・80年代にはスター歌手たちの登場にもまだ物語(虚構のヒストリーが必要とされた)があったと思う。
おそらく山口百恵なら家庭的に不幸な少女で多感な大人びた女という物語を生きなければならなかったし、松田聖子はまさに80年代初頭という軽さとポストモダンと新人類が喧伝され始めた時期にブリッ子という物語を演じてみせていた(そして今はひとり頑張って生きてゆく大人の女という物語。もう現役という意味では松田聖子くらいしか残っていないから持続する物語としてこれはこれで僕は共感するのだが)。
でも安室奈美恵にも浜崎あゆみにも宇多田ヒカルにも平原綾香にもそういった意味での物語はない。というよりも多分必要ないし、もう時代がそんな仮構の物語を必要とはしなくなったのだと思う。何よりも彼女たちは歌唱力(いわゆるヘタな歌手はひとりもいない)が抜群だし、表現力も才能も豊かであり、みんな天才だし、言ってみれば音楽そのものだけで佇立していると思う。
その佇まいはどこか戦う女戦士(美少女の)を思わせさえする。現代版ジャンヌ・ダルクといったら大げさだろうか。どこか孤高で孤独で少女っぽくかつ近寄りがたく、でも本人はみんなへのメッセージのために歌うというみたいな・・・。
そこにあえて物語を上げるとすればそれは場末のストリートと直結しているということかもしれない。どこかの街角、そこで偶然に出会い、あるいはそこに落ちてきた落胤たち、というような無数の背景と履歴をひめながら。唯一いま物語になるとすればストリートが一夜にして生み出した歌手というようなことかもしれない。これも音楽会社の戦略なのかもしれないけど。宇多田はお父さんや母親がミュージシャンであり歌手だから二世の物語もあるかもしれないが(平原はお父さんがジャズ奏者?)、宇多田の場合お母さんの藤圭子が演歌歌手だから必ずしも踏襲の物語ではないだろう。それよりもむしろ圧倒的な天才性か。
彼女たちがこれからどこへ向かうのか、僕は知らない。でももう大きな物語を持たず、持つことができず、ひとりひとり歌っている彼女たちに声援を送りたいと思う。やはり音楽(歌)で佇もうとしているその姿勢は素晴らしいのではないかと感じるからだ。
よしむね
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ちょっと前の話になるが、あの宇多田ヒカルが無期限活動休止宣言があった。
彼女はいわゆる98年デビュー組の大物の一人だ。
この98年デビュー組というのは、この宇多田ヒカルをはじめ、aiko、椎名林檎、浜崎あゆみ、kiroroなど、その後の00年代の音楽シーンをリードしたアーティスト達を僕が命名(他には全く普及せず)した名前である。
思い返せば、あの頃、山一證券破綻や和歌山の毒入りカレー事件なんかもあり、社会不安が一気に広った。社会学者・山田昌弘氏が言うところの「98年問題」であるが、自殺者数もこの年に一気に3万人の大台に乗り、それ以降全く下がっていない。
そして、それまでは小室哲哉に代表される大物プロデューサがストリート系の若い娘(例えば、安室奈美恵や華原朋美)に自身の楽曲を提供して、それと同世代の子が消費者となりメガヒットを記録するという業界にとって幸福な時代が終わり、いわゆるリアルな自分の言葉で歌詞を作るアーティストが一斉に世に出たのが、この98年だったのである。
で、その98年デビュー組の中で突出した音楽的才能を持っていたのが宇多田ヒカルだったのだと僕は思う。おそらく、一方で浜崎あゆみがどちらかと言えば、アダルトチルドレン系の女の子の代弁をし、aikoが普通の女の子の恋の一瞬を歌い、椎名林檎が過剰な演出の中にキャラを確立していくなかで、おそらく、宇多田ヒカルだけは、そういった「演出」とは無縁に、素の自分であろうとした天才歌手だったというのが僕の見立てである。
彼女の全盛時、確か、FNS歌謡祭の受賞インタビューだったかと思うが、ステージで「今後、どういった歌を作っていきたいですか」というアナウンサーの質問に対して、
「みんなが感動するような小ズルイ歌を作りたい」
と言ってのける、本当の事を言ってしまうような生意気な女の子だったのである。
だから、逆に彼女が作り出したメロディは天才的であったとしても、彼女が作る歌詞はキャラとしての彼女を表現するようなものではなかった。そこに感じたのは個の叫びというよりも、上手さであった。だから、彼女は、例えば、平家物語の「ただ春の夢のごとし」(『traveling』)みたいなことが歌えたである。
思えば、彼女の母親の藤圭子は、宇多田ヒカルは真逆に普通の女の子でありながら、「不幸」と言う名の過剰な演出を背負わされた演歌歌手であった。例えば藤圭子の母親(宇多田ヒカルの祖母)は、ファンが見ている前でだけ、盲目だったという。
そしてそんな母親の「過剰演出」とは対極に、無演出=天才・宇多田ヒカルがあったのである。
しかし、マーケッティング=すなわちキャラクタ第一優先の現代、何者かをも代弁しないシンガーなど存在できようもない。しかし、何かを代弁するというウソもいまさらつけない、さらに言えば、本当の姿を発露しようとしたら、多分、男にも女にも、つまり大衆的な支持は得られそうも無い「大金持ちの生意気なバツイチ」でしかありえない宇多田ヒカル。
無期限活動停止という姿は、彼女らしい決断だと僕は思う。天才というものは、良くも悪くも、常に、人々の期待を裏切り続けるものである。
まさむね
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モーニング娘。の亀井絵里、ジュンジュン、リンリンの3人の卒業が発表された。
つんく♂からの大事なお知らせによると、亀井ちゃんはずっとアトピー性皮膚炎に悩んでいたという。そういったものと闘いながら長い間、アイドルを続けてきたのかと思うと、頭が下がる思いだ。
また、ジュンジュン、リンリンは、上海万博が一つの区切りとなったということか。これから中国での歌手活動の準備をするということだが、親日的なアイドル(あるいはタレント)として活躍が期待されるところである。
一方、最近、元モーニング娘。の活躍といえば、エイベックスに移籍した後藤真希だろうか。弟さんの逮捕事件や、お母さんの突然の不幸など、最近は薄幸タレントの印象も強いところだが、僕としてはなんとかその「薄幸」を一つの武器にするぐらいのしたたかさをもって頑張ってほしい。
人間誰でもピンチなときはあるが、その時をいかに自分の中でチャンスに換えられるか、特に芸能人という特殊な世界だからこそ、その「不幸の武器化」こそが次の飛躍のステップとなるはずなのだ。
もちろん、言うは簡単、行うは困難、しかも、自分の意図と結果は必ずしも一致しないのがこの世界の常でもある。
ところで、最近、気づいたのだが、先々月に発売した彼女の移籍初のソロアルバム「ONE」のジャケットが通常ジャケットとは別に、ドンキ・ホーテ特別販売用ジャケットというのがあったのだ。
それを見ると、ドンキの顧客を意識してか、どちらかといえばヤンキー仕様、さらに言えば、悪女仕様、あるいはS系仕様なのである。その良し悪し(好き嫌い)は別にして、今後、客層が完全に分化された商品の販売経路においては、同じ商品が全く異質な意匠をまとって発売されるということもアリなのかもしれないということか。
でも正直、ちょっと驚いた。だって後藤の頭から角まで生えているんだもの...
まさむね
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ブリグリの歌詞についての僕の評価は、それがベトナム戦争以降のアメリカ現代文学の一つの流れ、「ダーティリアリズム」的センスと通底している事かもしれないと思った。
「ダーティリアリズム」とは私の浅い知識によると、村上春樹の翻訳で知られるレイモンドカーヴァとかのアメリカ人白人労働者階級の生の生活を描いた作品群の事で、アメリカが構造的にかかえる人種差別とか階級といった難問をそのままに描いている(といわれている)。
その彼らの一つの倫理的仕草が「黙り込む」という事で、その黙り込みかたがブリグリの歌詞と似ていると思った。
今から10年前の1月14日に、こんなエントリーを書いていた。
驚いたことに、基本的に僕のブリグリに対する感想は今も変わっていない。ブリグリは今でもダーティリアリストである。
上記の文章はおそらく、三浦雅士の「文学と階級」(「小説という植民地」に収録)からの影響で書いたものだ。
その論文の中で、三浦雅士はアラン・ロイド・スミスの「脳損傷」から引用している。以下、それを僕はまた引用してみる。
ダーティリアリズムとは...(中略)...しかしこの言葉は、労働者階級の生活、アメリカ人ならおそらく赤っ首と呼ぶだろう労働者の生活、つまり鉄砲打ちや釣りにでかけたり、失業したり離婚したり、そして黙り込んだりという生活の、その細部にむけられた確固として臆面もない凝視を暗示してはいる。そのなかでは、黙り込むという体験がもっとも重要だ。というのも、これらの作品は、労働者の日常をひたす声と沈黙の表現に焦点を定めているからである。
この「黙り込む」という仕草はブリグリの作品ではこんな感じで出てくる。
1999年1月27日に発売されたオリコン一位を記録した5枚目のシングル「そのスピードで」の一節だ。
することもなくて夜も昼もあくびしたり泣いたりして
それはもういくじなしで寒がりの悪魔が胸にすんでる
また、1999年3月10日に発売された6枚目のシングル「長いため息のように」ではこんな一節が出てくる。
夢は現実よりも 時には 残酷のようで
目覚めて少し 切なくて泣いた 悲しい夢だった
川瀬智子の無表情な顔と声、松井亮の乱暴で不器用なギター、ある意味、神経を逆なでするような違和感という「毒」こそブリグリの持ち味だ。
そして、この労働者の絶望感、1999年といえば、山一破綻等が起こり、いわゆる1998年問題(山田昌弘氏)が指摘しているように、自殺件数が3万の大台に乗るなどの社会崩壊現象が断層のように生じた次の年だ。世紀末だ。
しかし、日本の状況はその世紀末よりもさらに悲惨が共有化されているような時代にも感じられる。
今日、24日、ブリグリの2年ぶりのシングル「Like Yesterday」が発売される。
そして、ここには10年前とほとんど変わらない涙が歌われている。
はぐれた心を見つけて 伸ばしてくれた
その手に触れたら 涙が止まらなかった
10年前はほとんど一人でひざを抱えて泣いていた彼女も今では、彼との想いで涙する立場に変わっているようにも感じられるが、彼女の根源的な孤独感は変わらないように思えるのだ。
時代はどんどんタフになる。
考えれば考えるほど、僕らは黙りこまざるを得ない。
はっきりと善悪をいう言葉、空虚な行進曲、調子のいいキャッチフレーズ、よくわからないが、そんなものについていっていいのだろうか、そんなことを思うとき、後ろのほうからこの曲が聞こえてくるような気がする。
まさむね




