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	<title>一本気新聞　www.ippongi.com へのコメント</title>
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	<description>「まさむね（西村昌巳）」と「ところざわ」と「よしむね」と「じつに」の往復書簡</description>
	<pubDate>Thu, 24 May 2012 03:42:12 +0000</pubDate>
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		<title>ちか より 「となりのトトロ」と「千と千尋」における両親の落差 へのコメント</title>
		<link>http://www.ippongi.com/2011/08/07/%e3%80%8c%e3%81%a8%e3%81%aa%e3%82%8a%e3%81%ae%e3%83%88%e3%83%88%e3%83%ad%e3%80%8d%e3%81%a8%e3%80%8c%e5%8d%83%e3%81%a8%e5%8d%83%e5%b0%8b%e3%80%8d%e3%81%ae%e4%b8%a1%e8%a6%aa%e3%81%ae%e8%90%bd%e5%b7%ae/#comment-3152</link>
		<dc:creator>ちか</dc:creator>
		<pubDate>Fri, 18 May 2012 10:01:30 +0000</pubDate>
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		<description>トトロの暗い都市伝説を昨日知ったものです。知った時は、娘の大好きな映画がまさか、と、とてもショックでした。でもあなた様の解釈に救われました。ありがとうございます。また親としての在り方を考える機会を与えて頂き、ありがとうございます。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>トトロの暗い都市伝説を昨日知ったものです。知った時は、娘の大好きな映画がまさか、と、とてもショックでした。でもあなた様の解釈に救われました。ありがとうございます。また親としての在り方を考える機会を与えて頂き、ありがとうございます。</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>masamune より 「坂道のアポロン」　独自の視線による新しいノスタルジーの発見 へのコメント</title>
		<link>http://www.ippongi.com/2012/05/03/sakamichi/#comment-3146</link>
		<dc:creator>masamune</dc:creator>
		<pubDate>Fri, 11 May 2012 00:31:26 +0000</pubDate>
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		<description>じつにさんへ

こんにちわ。
音と一致している（ように見える）のですね。よく見てますね！
僕はそこまでは、見抜けませんでした。でも、逆にそれがあまりにも自然だったために、僕には見えなかったのかもしれません。

楽器で語るシーンは、二人の気持ちを重ねて観ると、確かにグッときますね。
この後の展開が楽しみです。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>じつにさんへ</p>
<p>こんにちわ。<br />
音と一致している（ように見える）のですね。よく見てますね！<br />
僕はそこまでは、見抜けませんでした。でも、逆にそれがあまりにも自然だったために、僕には見えなかったのかもしれません。</p>
<p>楽器で語るシーンは、二人の気持ちを重ねて観ると、確かにグッときますね。<br />
この後の展開が楽しみです。</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>masamune より 2012年に観るとどことなく切ない「耳をすませば」 へのコメント</title>
		<link>http://www.ippongi.com/2012/05/08/mimisuma/#comment-3145</link>
		<dc:creator>masamune</dc:creator>
		<pubDate>Fri, 11 May 2012 00:23:46 +0000</pubDate>
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		<description>高澤先生へ

一本気新聞へお越しいただきありがとうございます。
また、コメントありがとうございます。
興味深く読ませていただきました。

このアニメはディテイルの描写（例えば、雫の家の中とか）がリアルなだけに、よけい聖司と雫の生き方が、周囲の生かせ方も含めて、視聴者の現実との落差を感じさせ、それが視聴者に絶望を感じさせる要因ではないかと想像します。あの押井守はこの作品に対して、以下のように言っているそうです。
&lt;blockquote&gt;「耳をすませば」に出てくるような健康的な一家を観て、はたしてアニメーションを必要としている現代（いま）の若い子達が勇気付けられることがあるのだろうか。
僕は無いと思う。
「耳をすませば」を観て生きる希望を沸いてきたり、勇気付けられる子供はもともとアニメーションなんか必要としていないんだと。
アニメでも映画でも小説でもなんでもいいが、フィクションを人並み以上に求めている子供達にはああいう形で理想や情熱を語られてもむしろプレッシャーにしか感じないはずだ。&lt;/blockquote&gt;
ただ、僕は今の若い人達が、この作品を現代の物語としては、もう観ていないのではないかと思って、エントリーを書きました。なんだかんだと言って、17年前の作品ですからね。昔の話として感じるのではないでしょうか。
なので、この話を観て、ストレートに自殺をしようと考える時代は終わったように思います。ただ、最近、就活失敗で自殺増みたいな記事もありましたので、死んでしまう人は死んでしまうのでしょうが。

西司郎から見た「耳をすませば」という視点は興味深いですね。確かにこの西司郎の視線は暖かいですね。そして、その暖かさの背景に苦い体験を感じさせますね。そのあたりの描写は秀逸ですね。

聖司の「おまえを乗せてこの坂を上るって決めたんだ」という台詞など、普通はちょっと言えないですね。でもそれに対して、雫は結局はお荷物になりたくないと自転車を押します。あのシーンは、宮崎アニメの少女の特徴を引き継いでいますね。

ただ、男爵のバロンと西という名字に引きずられて、僕はバロン西のことを思い出してしまいます、予断ですがｗｗ。

この作品に関しては、語ってみたいことはまだまだ山のようにあります。2時間弱の作品としては信じられない濃さだと思います。

いつか機会がありましたら、お相手してください。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>高澤先生へ</p>
<p>一本気新聞へお越しいただきありがとうございます。<br />
また、コメントありがとうございます。<br />
興味深く読ませていただきました。</p>
<p>このアニメはディテイルの描写（例えば、雫の家の中とか）がリアルなだけに、よけい聖司と雫の生き方が、周囲の生かせ方も含めて、視聴者の現実との落差を感じさせ、それが視聴者に絶望を感じさせる要因ではないかと想像します。あの押井守はこの作品に対して、以下のように言っているそうです。</p>
<blockquote><p>「耳をすませば」に出てくるような健康的な一家を観て、はたしてアニメーションを必要としている現代（いま）の若い子達が勇気付けられることがあるのだろうか。<br />
僕は無いと思う。<br />
「耳をすませば」を観て生きる希望を沸いてきたり、勇気付けられる子供はもともとアニメーションなんか必要としていないんだと。<br />
アニメでも映画でも小説でもなんでもいいが、フィクションを人並み以上に求めている子供達にはああいう形で理想や情熱を語られてもむしろプレッシャーにしか感じないはずだ。</p></blockquote>
<p>ただ、僕は今の若い人達が、この作品を現代の物語としては、もう観ていないのではないかと思って、エントリーを書きました。なんだかんだと言って、17年前の作品ですからね。昔の話として感じるのではないでしょうか。<br />
なので、この話を観て、ストレートに自殺をしようと考える時代は終わったように思います。ただ、最近、就活失敗で自殺増みたいな記事もありましたので、死んでしまう人は死んでしまうのでしょうが。</p>
<p>西司郎から見た「耳をすませば」という視点は興味深いですね。確かにこの西司郎の視線は暖かいですね。そして、その暖かさの背景に苦い体験を感じさせますね。そのあたりの描写は秀逸ですね。</p>
<p>聖司の「おまえを乗せてこの坂を上るって決めたんだ」という台詞など、普通はちょっと言えないですね。でもそれに対して、雫は結局はお荷物になりたくないと自転車を押します。あのシーンは、宮崎アニメの少女の特徴を引き継いでいますね。</p>
<p>ただ、男爵のバロンと西という名字に引きずられて、僕はバロン西のことを思い出してしまいます、予断ですがｗｗ。</p>
<p>この作品に関しては、語ってみたいことはまだまだ山のようにあります。2時間弱の作品としては信じられない濃さだと思います。</p>
<p>いつか機会がありましたら、お相手してください。</p>
]]></content:encoded>
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	<item>
		<title>じつに より 「坂道のアポロン」　独自の視線による新しいノスタルジーの発見 へのコメント</title>
		<link>http://www.ippongi.com/2012/05/03/sakamichi/#comment-3144</link>
		<dc:creator>じつに</dc:creator>
		<pubDate>Thu, 10 May 2012 03:21:08 +0000</pubDate>
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		<description>このアニメは見てます！
ドラムのスティックさばきもピアノの指使いも、音と一致している（ように見える）のがすごいと思いました。ジャズは演奏中のプレイヤー同士のコミュニケーションこそ命だから、演奏場面のディテールが大事にされているんだと思います。アニメの技術としてもかなり高度なのではありませんか。
クラブでの演奏中、薫が千太郎に「目を覚ませ！」と言うようにピアノを激しく弾き、千太郎がそれに応えて生き生きとするところは、マイルス・デイビスとセロニアス・モンクの間にあった「喧嘩セッション」を思い出してぐっときました。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>このアニメは見てます！<br />
ドラムのスティックさばきもピアノの指使いも、音と一致している（ように見える）のがすごいと思いました。ジャズは演奏中のプレイヤー同士のコミュニケーションこそ命だから、演奏場面のディテールが大事にされているんだと思います。アニメの技術としてもかなり高度なのではありませんか。<br />
クラブでの演奏中、薫が千太郎に「目を覚ませ！」と言うようにピアノを激しく弾き、千太郎がそれに応えて生き生きとするところは、マイルス・デイビスとセロニアス・モンクの間にあった「喧嘩セッション」を思い出してぐっときました。</p>
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	</item>
	<item>
		<title>高澤 より 2012年に観るとどことなく切ない「耳をすませば」 へのコメント</title>
		<link>http://www.ippongi.com/2012/05/08/mimisuma/#comment-3143</link>
		<dc:creator>高澤</dc:creator>
		<pubDate>Wed, 09 May 2012 15:29:39 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://www.ippongi.com/?p=20601#comment-3143</guid>
		<description>大好きな作品です。

ホントかウソか解りませんが、この作品はテレビ放映されると直後に自殺者が増えるという話で有名ですね。
人の心底にある傷だらけの純情に触れてしまう作品なのでしょう。
この作品には私が既に失ってしまったもの、この歳で失っていなければならないのに持ち続けてしまっているもの。この作品は、その両方に共鳴してしまいます。

それにしても見れば見るほど近藤喜文監督の早すぎる他界が悔やまれますね。
宮崎駿さんは『耳をすませば』制作時の妥協無き軋轢が近藤さんを死に至らしめたと本気で思っているようですね。
テレビでそのことに自ら触れ、「終わりを渡してしまった」と本当に苦しそうに大きな溜息をついて語っていました。

作った側も観る側も深い苦しみを感じながら、しかも惹き付けられて止まない作品。他にこんな作品はありません。

この物語には隠れた過去がたくさんあり、そして想像する未来もたくさんあります。
月島家は、家族４人がかなり自立心のある家庭のようです。４人の教養レベルも恐らく高いと思えます。
長女汐の一人暮らしに反対らしい反対をしない月島家の家風が雫も育てているんでしょうね。
アニメでは雫は地味な外見で描かれてはいるけど、聖司や杉村にかなり早い段階から惚れられていたことを思うと、本当はかなり目立つ存在なのでしょう。頭も外見も悪くない、積極的で感性も豊かな少女です。
一方の聖司もかなりの教養高い家庭に育ったと思われます。聖司自身も簡単に海外にでてゆきますが、こんな家庭はそうはありません。

そして描かれる主題は「大切な人に大切な一言を言える人生」と私は感じました。
描かれる雫も聖司も、羨ましいことに大切な一言を言える人なのでした。
私は果たして「大切な一言」を言える人生だっただろうかと振り返ると、そうではなかったと云わざるを得ません。
きっとこの作品を観て自殺したくなるという人も同じなのでしょう。

聖司の祖父西司朗老人は、留学中に出会ったルイーゼと別れてしまった時に人生をかけて守り抜く唯一の宝をなくしてしまった人なのだろうと思います。
戦争という時代の大波があったとはいえルイーゼの手を離してしまった西司朗は、心を癒してくれる夢でさえ、暖炉の中で折れる薪の音で消されてしまいます。
彼は、きっとずっとあの夢の中に棲み続けたいに違いありません。

再会できなかったルイーゼは幸せな人生を歩んだのでしょうか…。
西司朗はおそらく一日としてルイーゼの人生を思わない日はなかっただろうと思います。
私には確信できます。
店に飾ってある猫の人形「男爵」の目の輝きを教えてくれたのはきっとルイーゼなのでしょう。
西司朗は、その半生の喪失感の上に立って、物語全体を俯瞰しているように思います。

この作者はまず私達に手を伸ばせ、欲しいものは何なのかを言ってみろと問いかけます。
でも、その次には原石を探し回った末に手にした宝石がヒナの死骸になってしまうように、決して夢は結実するとは限らないのだとも教えてくれます。
雫が書き上げた小説も、聖司が作り上げたバイオリンも、おそらく西司朗から見れば「温かく見守る程度」でしかなかったのかもしれません。しかし、西司朗の眼差しはどこまでも温かいですね。きっと宮崎駿氏は自分が西司朗のようになれなかった苦しみをずっと抱えているのでしょう。

「カントリーロード」、でも故郷へは帰らないと唄うあの歌は、悔いを残すな、言い残すな、それがあなたの最善かと何度も何度も観る者を励ましているようにも感じます。
しかし、頑張れなかった過去を持つオヤジ達には心底辛い問いかけでもあります。
聖司は云います、「おまえを乗せてこの坂を上るって決めたんだ」と。
西司朗や視聴者がおそらく云えなかったであろう言葉も、現代の高校生である聖司はいとも簡単に言ってしまうのです。

西司朗も孫の聖司に負けないくらい彼なりに精一杯生きたのでしょう。
西司朗にも孫がいると云うことは、妻もいたはずです。それでも西司朗の心を占拠し続けるのは妻ではないのでした。
そして聖司と西司朗の結末は、雫の存在を抜きに考えても恐らく正反対になるのだろうと思います。
「時」は残酷です。その「時」の残酷さをあらためて味わうのがこのアニメなのでしょう。

この作品に流れる街の空気、夜明けの空気は本当にタイムマシンのようですね。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>大好きな作品です。</p>
<p>ホントかウソか解りませんが、この作品はテレビ放映されると直後に自殺者が増えるという話で有名ですね。<br />
人の心底にある傷だらけの純情に触れてしまう作品なのでしょう。<br />
この作品には私が既に失ってしまったもの、この歳で失っていなければならないのに持ち続けてしまっているもの。この作品は、その両方に共鳴してしまいます。</p>
<p>それにしても見れば見るほど近藤喜文監督の早すぎる他界が悔やまれますね。<br />
宮崎駿さんは『耳をすませば』制作時の妥協無き軋轢が近藤さんを死に至らしめたと本気で思っているようですね。<br />
テレビでそのことに自ら触れ、「終わりを渡してしまった」と本当に苦しそうに大きな溜息をついて語っていました。</p>
<p>作った側も観る側も深い苦しみを感じながら、しかも惹き付けられて止まない作品。他にこんな作品はありません。</p>
<p>この物語には隠れた過去がたくさんあり、そして想像する未来もたくさんあります。<br />
月島家は、家族４人がかなり自立心のある家庭のようです。４人の教養レベルも恐らく高いと思えます。<br />
長女汐の一人暮らしに反対らしい反対をしない月島家の家風が雫も育てているんでしょうね。<br />
アニメでは雫は地味な外見で描かれてはいるけど、聖司や杉村にかなり早い段階から惚れられていたことを思うと、本当はかなり目立つ存在なのでしょう。頭も外見も悪くない、積極的で感性も豊かな少女です。<br />
一方の聖司もかなりの教養高い家庭に育ったと思われます。聖司自身も簡単に海外にでてゆきますが、こんな家庭はそうはありません。</p>
<p>そして描かれる主題は「大切な人に大切な一言を言える人生」と私は感じました。<br />
描かれる雫も聖司も、羨ましいことに大切な一言を言える人なのでした。<br />
私は果たして「大切な一言」を言える人生だっただろうかと振り返ると、そうではなかったと云わざるを得ません。<br />
きっとこの作品を観て自殺したくなるという人も同じなのでしょう。</p>
<p>聖司の祖父西司朗老人は、留学中に出会ったルイーゼと別れてしまった時に人生をかけて守り抜く唯一の宝をなくしてしまった人なのだろうと思います。<br />
戦争という時代の大波があったとはいえルイーゼの手を離してしまった西司朗は、心を癒してくれる夢でさえ、暖炉の中で折れる薪の音で消されてしまいます。<br />
彼は、きっとずっとあの夢の中に棲み続けたいに違いありません。</p>
<p>再会できなかったルイーゼは幸せな人生を歩んだのでしょうか…。<br />
西司朗はおそらく一日としてルイーゼの人生を思わない日はなかっただろうと思います。<br />
私には確信できます。<br />
店に飾ってある猫の人形「男爵」の目の輝きを教えてくれたのはきっとルイーゼなのでしょう。<br />
西司朗は、その半生の喪失感の上に立って、物語全体を俯瞰しているように思います。</p>
<p>この作者はまず私達に手を伸ばせ、欲しいものは何なのかを言ってみろと問いかけます。<br />
でも、その次には原石を探し回った末に手にした宝石がヒナの死骸になってしまうように、決して夢は結実するとは限らないのだとも教えてくれます。<br />
雫が書き上げた小説も、聖司が作り上げたバイオリンも、おそらく西司朗から見れば「温かく見守る程度」でしかなかったのかもしれません。しかし、西司朗の眼差しはどこまでも温かいですね。きっと宮崎駿氏は自分が西司朗のようになれなかった苦しみをずっと抱えているのでしょう。</p>
<p>「カントリーロード」、でも故郷へは帰らないと唄うあの歌は、悔いを残すな、言い残すな、それがあなたの最善かと何度も何度も観る者を励ましているようにも感じます。<br />
しかし、頑張れなかった過去を持つオヤジ達には心底辛い問いかけでもあります。<br />
聖司は云います、「おまえを乗せてこの坂を上るって決めたんだ」と。<br />
西司朗や視聴者がおそらく云えなかったであろう言葉も、現代の高校生である聖司はいとも簡単に言ってしまうのです。</p>
<p>西司朗も孫の聖司に負けないくらい彼なりに精一杯生きたのでしょう。<br />
西司朗にも孫がいると云うことは、妻もいたはずです。それでも西司朗の心を占拠し続けるのは妻ではないのでした。<br />
そして聖司と西司朗の結末は、雫の存在を抜きに考えても恐らく正反対になるのだろうと思います。<br />
「時」は残酷です。その「時」の残酷さをあらためて味わうのがこのアニメなのでしょう。</p>
<p>この作品に流れる街の空気、夜明けの空気は本当にタイムマシンのようですね。</p>
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