現在、音楽甲子園2011の一般投票が行われています。
どの楽曲も、レベルが高いので驚いてしまいます。自分達が高校の頃と比べると雲泥の差です。
ご興味のある方は、是非、聴いてみてください。
まさむね
今場所の大相撲は、いつもに比べて特に面白い。
勿論、昨日のエントリーでも書いたように、3外国人大関の活躍というのもあるのだが、それ以上に、各取り組みの緊張感、技の攻防、負けられないという意地などが、普段よりも見られるところがいい。
この写真は、本日の結び前の一番の稀勢の里と鶴竜の一番の最後の一瞬を捉えたものであるが、おそらく、大相撲というものを知らない、どこかの外国人が見たら、何をやっているのだろうかと思うに違いない。
太った大男二人が、足を高く上げて必死な顔をしている。しかも裸だ!!
僕はこのような一瞬を絵として現出せしむる大相撲という競技は日本人が生み出した奇跡の一つだと考えている。
他のどんなスポーツで、このような面白い瞬間を捉えることができるのだろうか。
そんな、大相撲への愛を込めて、今日は、この短いエントリーを上げさせていただきました。
まさむね
大相撲初場所を連日、テレビ観戦してる。
それを観る限り、今場所はなかなか迫力のある取り組みが続いている。おそらく、昨年の様々なトラブルを踏まえ、各力士がいつも以上に気合を入れているにちがいない。少なくともそう感じさせる今場所である。
特に、話題という点において、新大関の稀勢の里、あるいは先々場所大関になった琴奨菊という両日本人大関の影に隠れがちだった琴欧洲、把瑠都、日馬富士といった3人の(ベテラン?)外国人大関の気力が充実しているように見受けられる。
勿論、3人とも4連勝と星も上がっている。少なくとも僕の記憶でこの三人が初日から4日目まで白星続きというのはちょっと記憶が無い。
特に琴欧洲。
先場所、角番をかろうじて脱したものの、長期低迷は否めなかった琴欧洲であるが、今場所は別人のようだ。今日の豪栄道戦など、圧倒的な勢いで、相手を押し倒した。相性のいい相手であるということを差し引いても、抜群の出足であった。
おそらく、いつも以上の緊張感を持って、場所に臨んでいるのかもしれないが、そのたたずまいの暗さ(窮屈さ)は若干気になる。
続いては把瑠都。
一方的な取り口というわけではないが、初日から今日まで、とりあえず白星を重ねたのはよかった。先場所のように、序盤で早々と優勝争いから脱落しながら、後半、ぐんぐん調子を上げ、千秋楽で白鵬の全勝を阻止した実力と体力の持ち主である。序盤の好成績は初優勝の期待をも膨らませる。それにしても、勝負の最後で、若荒雄の体の下になって土俵下に転落した行司の木村庄三郎は大丈夫だったのだろうか。少し心配である。
そして、日馬富士。
今日の豪風戦は一方的な勝利であった。豊ノ島戦など、若干、あぶない場面もなくはなかったが、今日の相撲を観る限り調子はいいに違いない。あの突き刺さるような立会いの低い鋭さはさすがである。
よく、関脇が強い場所は面白いという話はあるが、現在のような5人大関の状態では、やはり大関が強いと場所が締まるように思える。
今後も、今場所は、この3人に注目である。
一方、既に2敗してしまった琴奨菊であるが、本日の安美錦戦では全くいいところがなかった。というか、逆に安美錦が上手かったということだろうか。この安美錦という力士、先日の白鵬戦では、まるでいいところがなかったのに、本日は素晴らしかった。飄々としたベテランの味というところか。久々に呼ばれたインタビューでは、「久しぶりなのでインタビュールームがどこにあるか忘れていた」と冗談を言っていた。このあたりのとぼけた対応も、ベテラン・安美錦らしい。ちなみに、僕はこの人を見ると、「浮世雲(はぐれぐも)」の雲を思い出す。
また、今日の稀勢の里の相撲は残念だった。解説者の芝田山親方も「油断」「焦り」という言葉で説明されていたが、体の小さい豊ノ島に懐の入られるのを避けたかったのであろうか、突きで勝負をしたところ一瞬の隙をつかれたという感じの相撲であった。ただ、昨日の雅山戦などを見ると地力は確実についている。気を取り直して明日から再び頑張って欲しい。
まさむね
じつにさんより「ももいろクローバーZの使命」というエントリーを頂いて以来、自分は、ずっと、ももクロとプロレスのどこが似ているのかをずっと考えてきた。
じつにさんからも紹介があったが、確かに昨年の10月の全日本プロレス両国大会で、ももクロが特別”参戦”するなどして、その関係性が密なることは誰の目にも明らかだし、「「ももクロとプロレス」――“あの熱”よ、もう一度」や「アイドルが「冬の時代」を吹き飛ばす!?格闘文化の最新型“ももクロ”の魅力」といった記事により、再三、ももクロとプロレスとの類似性が指摘されもされてきており、「今更、考えることなどあるまい」なぞと、自棄になったりもしたのだが、それでも、「力いっぱいでウソの無いパフォーマンス」とか、「プロレスに相通ずる”熱”」、あるいは「ステージコスチュームのセンス」はたまた「運営方針そのものが“闘い”」といった先人が指摘された類似性以上のなんらかの共通性があるに違いない!というドタ勘が心の中で疼き、僕は僕なりに考えざるを得ないのであった。
そして、こうして考えている間も、僕はYOUTUBEでそのPVを何度も目にするわけで、その度に、この泥臭いアイドルグループに惹かれる自分がを隠すことが出来なくなっているのだ。
一般的な流れで言うならば、90年代のSPEEDが、沖縄という異界からやってきた特権的なアーティスト・アイドルだとすれば、ゼロ年代初頭のモーニング娘。は、つんく♂という試練を乗り越えた面接試験型・アイドル、そして近年大ブレイクのAKB48は、総選挙という民意によって選ばれた民主主義的アイドルということである。つまり、アイドル史は、彼女達とファンとの関係性が、どんどん、斜め上から水平へと移動してくる歴史であった。
そして、そんな歴史上の究極形として、ファンが逆にアイドルを引き上げるというか、泥の中からアイドルが這い出てくるのを応援するというか、そういったスタイルとして存在するのがももクロだということが言えるのではないだろうか。つまり、彼女達のスタートが道端だったという”神話”はまさに、彼女達を、アイドルというよりもよりプロレスラー、あるいは、遊芸人に近い何者かたらしめるのに大きな要素だったというのは明らかである。
さすれば、今日のエントリーは、そのあたりから書き始めてみたいと思う。
というのも、日本の芸能の起源である散楽というものが、寺社の境内のみならず、村々の辻や無縁の道端で行われた雑多な芸能であったからである。その泥臭いパフォーマンスには軽業、曲芸、相撲や物真似などが含まれていたというが、網野善彦氏などの説によれば、それらは単なる見世物という以上に呪術的な要素が含まれていたらしい。つまり、エンターテイメントである以上に、宗教的な儀式であったということである。例えば、現代、興隆を極めているMANZAIにしても、その起源は、萬歳という、太夫(ツッコミ役)が、歳神を身に依らせた才蔵(ボケ役)をして、あの世とこの世の間を行き来させることによって成り立つ芸能だったのである。
おそらく、そこで、大事なのは、芸能者の異形のエネルギーが観客に対して持つ説得力であったに違いない。そして、そのエネルギーは、観客の目を楽しませることだけを目的にするのではなく、観客に対して、この世が改変されたことを示すために必要だったのである。
例えば、能楽の多くは、シテ役の怨霊が、ワキ役の僧侶に、その苦難な過去を語り、浄化してもらうことによって、この世に潜在的に及ぼしていた様々な災いを退散させるという構造を持っている。能舞台が、およそ、一期一会という一回性を重視するのはそれが単なる芸能ではないからである。
ちなみに、かつての能楽には、そうした呪力を持つ芸能と、呪力を感じる観客との間に、幸福な関係があったに違いない。しかし、残酷なことにどんなジャンルにも栄枯盛衰がある。それは一人一人の演者の力ではどうしようもない時代の運というようなものである。
さて、僕は以前、「申し合わせはしても合わせ稽古をしない」という能とプロレスの類似性について考えたことがあったが、この二つのジャンルの類似性は、同時に、その絶頂期においては、「世界を改変させる機能を持つ」というところに及んでいるのではないかという仮説を、今、持つようになっている。
それは、僕らは、多くのプロレスの試合においては、その決着の前後で、他のスポーツではありえないような世界の改変がなされているのに気がつく奇跡にしばしば出会うことがあったからである。多少大げさに言うならば、僕は、勝負の前後でそのプロレス会場が全く別の空間となっている瞬間に立ち会い、そしてその瞬間こそ、プロレスおたくだった自分の中の何かをも改変させられている瞬間を何度も体験しているのである。
もっとも、敢えて付け加えるならば、その空間には、レスラー達のボロボロの肉体と、その献身の精神に対する圧倒的感謝の念も残るのだが。
しかし、そんな体験も絶えて久しい僕ではあるが、もし、ももクロが、かつてのプロレスを、そして日本の芸能の本来の伝統を継承する力を持っているとしたら、彼女達は、以下の四つを感じさせるほどの”力”を持っているに違いないと僕は思う。
①計算外のエネルギー(世界が改変できると信じるに足るパワーと献身)
②あの世とこの世とをつなぐ恍惚感(どこが演技で、どこから現実かが曖昧な演出)
③幾多の困難を乗り越えた目覚しい成長(見るたびに世界が改変されていく運動体としてのももクロ)
④そんな演者と観客との幸福な関係(時代の運と信頼感)
それを確かめるべく、今年の楽しみがまた一つ増えた。
まさむね
三ヶ月ぶりのアニメ修行復活である。
それでは、この三ヶ月間、別に何か特別な意義深いことをしていたかというとそうでもなかった。
ただ、時間が過ぎてゆくだけだったような気もする。それを考えるに人間というものは、常に何かをしようとし続けないといけないものなのだろう。
さて、アニメ修行の話だが、僕が49作目に選んだのは『精霊の守り人』という、かつてNHKBS-2で放映されたアジアン風味のアドベンチャーファンタジー。原作は上橋菜穂子さん、監督は「攻殻機動隊 S.A.C」「東のエデン」の神山健治さんの作品である。
以下、読んでいただく方には、ネタバレどころか、このアニメを既にご覧になられた方にしか理解できないであろう事、ご了解下さい。
まずは、この物語において興味深いのは世界観である。そこは地球のようであって地球ではない、どこか別の惑星での話である。空には月が二つ出ており、地球上では見られるようで見られない動物(例:右画のナージ)が登場する。また、この世界では、人間の現世界(サグ)と、精霊が棲む幻想世界(ナユグ)が並存していて、呪術師と呼ばれる人々はその二つの世界を行き来出来るでのである。
舞台となる地域は、かつての秦や唐のような絶対王権を持つ国家(ヨゴ皇国)によって統治されている。そして、この国は、頂点である帝(みかど)の下、星読み博士と呼ばれる占星術師達が政(まつりごと)を行い、武人が周囲を固める、いうなれば宗教的軍事専制国家なのである。
一方、この皇国がこの地を統治する以前、ここには、ヤクーという別の部族が住んでいた。彼らは現在でもヨゴ皇国の周辺地域で昔ながらの生活を営んでいる。そして、ヨゴ皇国の統治は、星読み博士が行うのに対して、ヤクーには、口伝の物語、民謡、呪術が(だいぶ消滅したとはいえ)残っており、それによって宗教的伝統や人々の暮らしが守られているのだ。
この物語の面白さは、こうした世界観に、日本をメインにしたアジア各国の習俗や伝説、神話のカケラがちりばめられており、その世界をそこはかとなく豊かにしているところである。
例えば、ヨゴ国の夏至祭りで、民草(庶民)が灯す松明が、後半に登場するラルンガ=卵喰い(右画)という怪物の弱点を突くための武器の名残だったというような設定は、ちょうど、正月を直前にしてこの作品を観た僕に「門松が歳神様を家に迎え入れるための依代である」というような記憶をも甦らせたのであった。
あるいは、ヨゴ皇国とヤクーの関係は、大和民族(日本)とアイヌ民族(蝦夷)との関係をも思わたり、そのヤクーの田植え唄の中に、100年に一度だけ生まれ変わるという水の精霊(ニュンガ・ロ・イム)誕生時の真実が隠されていたりと、民俗学に少しでも興味を抱いたことのある人であれば、必ずや背筋に何かが走るような演出が、そこかしこに観られるのである。
また、このアニメには格闘技マニアにとっても垂涎シーンがあったことも記しておきたい。それは村祭りの際に行われる格闘技大会(ルチャ大会)において、ロタという遊牧民族の選手が、ボクシング+関節技のようなスタイルで攻めてくるのに対して、ヨゴの民が行う、遊びの延長のような格闘技=ルチャがまるで歯が立たなかったというところ。
しかし、そのルチャのルールが土俵から出たら負けということを活かし、さらにロタの気質の粗さを逆用して、ヨゴの皇太子のチャグムが、挑発の末に、体をかわして、相手を土俵の下に落とすくだりなど、いわゆる異種格闘技戦の醍醐味(エッセンス)を熟知した格闘技ファンの神山氏ならではの演出のように見えた。
ついでに神山氏の演出で言えば、例えば『攻殻機動隊 S.A.C』シリーズの第1話「公安9課 SECTION-9」で、暴走したサイボーグ芸者が政府要人にかけるチョークスリーパー(左画)や、『攻殻機動隊 S.A.C 2nd GIG』の第21話「敗走 EMBARRASSMENT」でクゼがバトーの足を破壊するアンクルホールド(右画)などにも、彼のプロレス、格闘技好きが垣間見られたことも、ここでついでに記しておきたい。
さて、上記のように話のディテイルについて、一つ一つ、突っついていく楽しみはそれはそれであるのだが、きりが無いので、このあたりで物語全体の構成について話を進めたいと思う。
僕は、第二皇太子(チャグム)がその体に水妖の卵(孵化すると土地に旱魃をもたらすという)を宿すという宿命を背負うことによって帝(みかど)から命を狙われて、各地を放浪するという展開の下敷きには、記紀のヤマトタケル、あるいはエディプスといった神話があるのではないかと想像した。また、そのチャグムが、この宿命を覚悟して生きるという生き方を、王宮の外における様々な体験によって獲得するという展開も、冒険小説やロールプレイングゲームの典型だと思った。
おそらく、この『精霊の守り人』の安定感はそうした典型をしぜんな形で取り込んでいるからに他ならない。
しかし、一方でそういった典型を取り込みつつ、他方では、実は、その卵は、旱魃をもたらす水妖のものではなく、水の恵みをもたらす精霊のものであったということが判明し、さらに、その事実が、建国神話では、初代皇帝(とその周囲の武人達)の建国を正統化するように捻じ曲げられていたことが暴かれる。
そして、その建国神話による事実捏造をリセットし、新帝・チャグムが水の恵みをもたらしたという新しい伝説と同時に新しく、真に正統な国を創るために、今度は、チャグムが帝になるという新たなる宿命を引き受け、ある意味で、国の礎たる「生贄」となる覚悟をするという流れは、ユニークでオリジナルな展開ではないかと感心させられた。
つまり、ヨゴ皇国の、現在に至るまでの武断的な体質は、水妖を武力によって倒したという建国神話によって正統化されていたのであるが、チャグムという正統な王位継承者が、水の精霊を宿していたという新たな正統性に基づく、武力に依存しない(平和的な)国創りが今後、行われるであろう事が予感されるようなエンディングとなっているのである。それゆえに、用心棒のバルサは、その必然としてヨゴの国を去らねばならなかったのであり、彼女は今度は己の魂を救う旅に出ざるをえなかったのだ。
思えば、一国の建国神話は、その国の民族を特徴付けるような逸話が盛り込まれているものである。例えば、記紀において、天照大神の孫のニニギノミコトは、それまで日本を支配していた大国主命と話し合うことによって「国譲り」を受ける。それがゆえに、この談合主義は、連綿と続く日本の伝統となっているのだ。
さて、建国神話とその後の国民性の関連性という文脈で、この『精霊の守り人』に対して、敢えて現代的な意義を見つけるとするならば、敗戦後に出来た戦後体制を正統化している物語(戦前は不幸であった、軍部が国民を戦争に駆り立てた、日本の植民地政策は間違っていた、戦後日本は民主主義国家として喜んで生まれ変わったなど)の欺瞞を廃して、戦後体制自体をリセットするためには、なんらかの「生贄」を踏まえた、新しい価値観を提示するような物語が必要なのではないか?ということを示唆しているところかもしれない。
また、その新しい物語のヒントは、海の外からやってくるのではなく、口伝や伝説のような、古くからその土地に根差したモノの中にこそ、見出されるべきであるということを教えてくれるところでもあると、僕は思う。
まさむね
この作品以外のアニメ評論は、コチラからご覧下さい。
先日、東青梅に行ってきました。
東青梅という場所は、23区から見ると青梅の手前で、山間の道路沿いに街並みが出てきています。
僕は初めての場所に行くとなるべく、そこの氏神や檀家寺にお参りに行くのですが、ここにある乗願寺の宗派はなんと時宗でした。
時宗の寺院は、開祖・一遍は、伊予の河野氏一族ということで、寺紋は折敷に三の字ということが知られています。
その寺紋は、門扉や天水桶などには見られませんでしたが、屋根瓦に確認することが出来ました。
街を散策すると、沢山の家紋に出会うことが出来ました。うなぎ屋の三河屋さんは丸に三つ柏紋。葉の形が標準的な柏ではなく、恵比寿神社の寺紋や、恵比寿ビールのラベルの恵比寿様ついている柏に近い三角の柏。こういう微妙なこだわりは好感をもてますね。
また、その近くに三菱のラベルがついた建物を発見。レトロな雰囲気があります。「あれは何なのだろうか」という謎を残すたたずまいが素敵です。
駅の反対側(南側)には、青梅市役所があります。うらびれた街並みにこの建物だけ立派、日本の地方都市にはよくある「格差」です。
ただ、市役所の敷地にある、腰掛のようなオブジェには梅紋のようなデザイン。ちょっとだけ微笑ましい...かな。
また、駅の近くには、丸に違い鷹の羽の家紋をつけたふたばという大衆割烹屋さんも見えました。
やっぱり街で見る家紋で一番多いのは、この丸に違い鷹紋ですね。カッコいいですからね。
というわけで、とってもユルい東青梅・家紋散策でした。
また、本文中の家紋のある場所は、以下のGoogleマップ上に登録してあります。
日本家紋地図
全国寺社紋地図
まさむね
先日、所用があり、小田原へ行ってきました。
小田原へ行くのは久しぶりです。多分、20年ぶりくらいでしょう。
小田原といえば、戦国大名・後北条家の城下町として知られています。街には、「新・北条五代記」を大河ドラマにしようという運動があるらしく、そういった意気込みが感じられました。
ご存知、北条家の家紋は北条鱗です。街のあちこちで、北条鱗をみかけました。
例えば、駅の改札のすぐ脇の駅弁屋さん、駅前繁華街入り口にある魚介丼の「魚河岸 でん」さんにはさりげなく、北条鱗が見えます。
そして、駅前商店街の天井には、北条鱗(後北条氏)をはじめ、阿部鷹の羽(阿部氏)折敷に三の字(稲葉氏)や大久保藤(大久保氏)など、小田原城歴代の城主の家紋が並んでいて、歴史ある城下町ならではの趣向が凝らされていました。
こういった、歴史マニア向けの、”気づく人には気づく”演出というのは本当に嬉しいものですね。
さらに、足を伸ばして、市内の成願寺にまで行って来ました。ここには自民党所属の衆議院議員・河野太郎氏の祖父・河野一郎氏、そして大叔父に当たる河野謙三氏の墓があります。僕は、以前より、この河野家は、河野一族の標準的定紋、つまり折敷に三の字紋だとばかり思っていたのですが、墓に行って見ると丸に内に三つ引両紋。
三の字と三つ引きは類似しているので、いつの時代にか変ったのではないかと想像されます。有名人の家紋のページも訂正しておきたいと思います。
まさむね