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[21 11 月 2011 | 2 Comments | | ]

今日も昨日に引き続き、大相撲の話題をしたいと思います。
今日のテーマは白人力士です。
現在、幕内以上の白人力士は、碧山(ブルガリア)、魁聖(ブラジル)、阿覧(ロシア)、黒海(グルジア)、臥牙丸(グルジア)、栃の心(グルジア)、琴欧洲(ブルガリア)、把瑠都(エストニア)の8名がいます。いつの間にか沢山になりましたね。
10年ほど前までは、いわゆる小錦、曙、武蔵丸といった超大型ハワイ系の力士がいて、彼らにひきづられるようにして、力士の体格がどんどん大きくなりました。ただ、一方で動きが鈍くなり、すぐに前に落ちる相撲が目立ったり、怪我が増えたというマイナス面もありました。
でも、僕は、褐色の超大型力士が好きでした。そのおおらかなたたずまいと独特の明るさがあったからです。
そんなハワイ系力士の明るさを、一番引き継いでいるのが大関・把瑠都だと僕は思います。今日の相撲も、鶴竜に中に入られ、もろ差しを許しながら、肩越しに両上手を引き、強引に吊り出してしまいました。こんなことが出来るのは、把瑠都だけです。
僕は子供の頃から、若浪や陸奥嵐といった吊り技系の力士が好きでしたね。ただ、近年、朝青龍がたまに見せるくらいで、吊りを得意とする人が減ってきて凄く残念でした。
そんな朝青龍引退後、唯一残った吊り技力士がこの把瑠都です。ただ、往年の吊り技系力士がいわゆるソップ型が多かったのに対して、把瑠都は巨漢、しかもその吊りは強引そのものです。僕は個人的にそんな把瑠都の吊りをバルチッククレーンと呼んでいます。
昨日の阿覧戦、今日の鶴竜戦と続けて彼が見せてくれた吊りは本当に豪快で、ほとんど彼の一人芸ですね。僕は勝敗論は別にして、そういった把瑠都のユニークさをもっともっと磨いて欲しいと思っています。
相撲の定石からしたら、「もっと基礎を覚えろ」的な言葉が彼には投げかけられるべきなのでしょうが、僕のような素人は、素人なりの楽しみ方をしたいと思います。
さて、把瑠都以外の白人力士についても語ってみましょう。残念なところ、今場所は、新入幕の碧山以外は星が上がっていないですね。特にグルジア三トリオと阿覧は今場所は大きく負け越してしまうでしょう。臥牙丸などは、まだまだ、いわゆる”家賃が高い”のでしょうが、阿覧と栃の心と黒海の不調は残念です。
阿覧に関して言えば、相撲をまだあんまり覚えていなかった十両の頃の阿覧は荒々しくて好きでしたね。個人的にはバチバチ系と呼んでいました。張り手とか凄かったですから。ただ、幕の内上位に定着し、相撲を覚えてくるにしたがって残念ながら個性も薄れてきてしまったように思います。負けてもいいけど、かつての荒々しさを戻してほしいような気がします。
例えば、高安とか嘉風とか、向こう気の強い力士との対戦などで、かつてのバチバチ相撲を思い出して欲しいと思ったりもします。
栃の心の魅力はその腕力の強さですね。幕内下位にいたときは、上手を引いたときのその腕力だけでどうにかなったような気がするのですが、上位になると、残念ながら通用しないのでしょうか。大物喰いが出来ないですね。横綱、大関にとっては安パイ的な存在になってしまっているように思えます。
相撲以前には、サンボと柔道をやっていたということですが、そういった格闘技経験をなんとか自分の中で、相撲技として生かすような工夫は出来ないのでしょうか。
古い話ですが、かつて栃赤城という柔道出身の力士がいました。彼は「サーカス相撲」と揶揄されながらも、決してそのスタイルを崩そうとしなかった、大関にはなれなかったのですが、柔道という格闘技のバックボーンを十分に相撲に生かしてくれた力士として、僕らの記憶に残っています。
栃の心には、そういった異種格闘技的相撲スタイルを期待したいのですが...ちょっと今からは難しいでしょうね。
また黒海は叩きや引きといった、どちらかといえばネガティブな技のプロフェッショナルとして頑張って欲しいと思いますね。勿論、頭からぶつかっていく相撲というのは見ていて楽しいのですが、黒海にはそれとは別の相撲をさらに磨いて欲しいですね。彼の手の長さという日本人には無い特徴を生かして欲しいところです。
ブルガリアの二人(琴欧洲と碧山)は、早く二人の対戦が見たいところです。確か、琴欧洲の紹介で大相撲入りした碧山ですが、琴欧洲を目標にして頑張ってきたと聞いたことがあります。そういう、因縁のある二人が、お互い辛苦を超えて対戦するという物語は、多くの人にも感動を与えると思います。
今場所の碧山を見ていると、近い将来、そういったことは実現しそうですね。
いずれにしても、モンゴル人力士もそうですが、遠く故郷を離れて頑張っている外国人力士は、日本人力士とは違って、ハングリー精神が凄いように感じます。物価水準はよく知りませんが、彼らの月給は、故国にいたとしたら決して手に出来るような金額ではないはずです。
日本という国で、夢をつかもうとして頑張る異国人の純粋さに僕は魅力を感じます。
そして、これからの大相撲は、全世界の青年に夢を与えるようなスペクタクル格闘技になって欲しいと思いますね。
まさむね
2011年九州場所関連エントリー
2011.11.29:稀勢の里昇進問題、あるいは合理主義とノスタルジーの葛藤
2011.11.25:21回目の優勝を飾った白鵬について改めて考えてみた
2011.11.22:期待の大相撲・阪神四天王(豪栄道、栃の若、妙義龍、勢)
2011.11.20:九州場所の注目の二人・琴奨菊と稀勢の里について

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[20 11 月 2011 | 3 Comments | | ]

今日は久しぶりに大相撲についての話です。
今年前半のいわゆる不祥事の影響か、九州場所でのお客さんの入りは今一つのようです。
もともと、九州場所は、両国に比べると空席が目立つことが多いのですが、それでも8日目まで、まだ満員御礼が出ていないのはちょっと寂しいですね。
ただ、ここまで観てきて、やっぱり、琴奨菊と稀勢の里という注目を集める二人の活躍は素晴らしい。
今日はその二人について語ってみたいと思います。
先ほど、客入りがいまひとつという話をしましたが、それでも、今場所は福岡県柳川市出身の新大関の琴奨菊が好調なので土俵の盛り上がりは、いつも以上に感じられます。
この琴奨菊に関してですが、自分の印象だと、大関になる以前は、豪栄道、稀勢の里、鶴竜、栃煌山、豊ノ島等と比べて、それほど突出した感じはしていなかったのですが、先場所位から、急に別格的な存在になってきましたね。
琴奨菊のいいところは、土俵下で次の対戦を待つときの集中力の高め方、そして塩の撒き方、このあたりの個性的な所作は僕の好みです。
白鵬をはじめ、土俵下では、極めて無表情な力士が多い中、琴奨菊は両肘を締めて顔を覆う仕草をします。まさに、これから勝負へ向う男の緊迫感が漂っています。
また、塩の撒き方ですが、琴奨菊は、朝青龍以来の上位の左利き力士ですね。しかも、塩を撒く方向が前ではなく横。こういったちょっとした違いが僕には好ましく感じられます。
ある意味、力士が積み重ねてきた歴史がそういった一つ一つの所作として現れているのだと僕は感じます。多分、今までの勝敗の縁起の積み重ねなのでしょう。
勿論、今場所の琴奨菊の相撲内容は素晴らしい、今日の鶴竜戦など、既に二人の間に厳然と存在する「格」の違いを見せ付けてくれました。やはり、番付が力士を作るという面もあるのだということを改めて知りました。
しかし、それにしても福岡国際センターの琴奨菊コールは凄いですね。地元福岡、柳川からの応援団という話ですが、子供達が一生懸命に応援している姿というのは、全く関係のないテレビのこちら側の視聴者をも励ましてくれているようです。
僕は、柳川という街に一度、足を運んだことがあるんですが、本当に綺麗な街ですね。数学者の藤原正彦が「国家の品格」の中で、美しい風土が偉人を生むというなことを書いていましたが、確かに、柳川という街は、人口の割りには多くの有名人を輩出しています。琴奨菊を始めとして、北原白秋(詩人)、壇一雄(小説家)、廣松渉(哲学者)などの文化人や、妻夫木聡(俳優)、徳永英明(歌手)といった芸能人もそうですね。
さて、話は変りますが、今場所、大関昇進を賭けて闘う稀勢の里の闘志もいいですね。
今日の相撲は、琴欧洲の一気の出足に、危ない場面もあり、徳俵に足をかけての辛勝でしたが、それでも勝ちは勝ちです。一場所15番あるうち、こういった相撲も数番はあるもので、それをいかに乗り切るかというのが大関昇進のカギになります。その意味で今日の一勝は大きかったように思います。
稀勢の里を見ていて感じるのは、その堂々とした態度が、往年の北の湖に似ているということ。土俵下での、その表情は、悪く言えば無愛想にも受け取られがちかと思うのですが、それでも、あのマブタを激しく開閉して紅潮した顔面は、琴奨菊とは別の意味で、常に緊張感を感じさせます。
そして、稀勢の里といえば、もう一つ、付け加えなければならないのは、本場所直前に亡くなった元横綱隆の里の鳴戸親方のこと。テレビニュースでは、涙を見せながらその悲しみを語っていた稀勢の里ですが、大関昇進こそが一番の供養になるということでしょう。
鳴戸部屋の力士は、稀勢の里もそうですが、高安、十両の隆の山など、多くが茶色のマワシをつけて土俵に上がっています。勿論、これは亡き親方・隆の里のマワシの色と同じ。
先場所まではそれほど、気にしていなかったのですが、親方が亡くなった今場所は特にその色が現役時代の親方を思い出させ、往年の相撲ファンの心の奥の記憶を刺激しますね。
これも大相撲という長い歴史のある芸能スポーツだからこその、味わい方だと僕は思います。
琴奨菊と稀勢の里。今場所、残り7日ですが、優勝を目指して頑張って欲しいと思います。
まさむね
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書評, 歴史・家紋 »

[19 11 月 2011 | 4 Comments | | ]

高澤等先生が書かれた「家紋歳時記」を拝読いたしました。
この本は2009年に、一年間を通して、全国の地方紙で、先生が連載された『家紋歳時記』を改訂・加筆されたものですが、様々な家紋と絡めたかたちで、日本の四季折々の習慣・文化・風俗が綴られており、その内容は驚異の一言です。
一つ一つの家紋と、そして、その背景にある日本文化への愛情が一ページ毎に、いや、一言毎に込められた珠玉の一冊と言っても過言ではないと思います。
おそらく、その愛情は、極めて正確に、過去から現在にかけて、この国土において生活を営んできた名も無き日本人達の自然や、家族、先祖、そして輩(ともがら)への愛情の深さとリンクしているのだと思わざるを得ません。
本の「はじめに」には、次のように書かれています。
多くの災害にみまわれ、経済的な行き詰まりに自信をなくした時に、日本人自らを支えるものは知らずに身にまとっていた文化であると、誰もが気づくはずれある。
勿論、これは今年の311の大震災を踏まえた言葉です。
今回の大災害を目にして、私達、日本人は、自分達の短所を、嫌と言うほど知らされました。
しかし、その一方で、私達は、まさに「日本人自らを支えるものは知らずに身にまとっていた文化」であったということも改めて確認したのではないでしょうか。
抽象的な言い方になってしまいますが、日本人のいざという時の強さは、目に見えるような経済力や技術力もさることながら、その基層に厳然と存在した無意識の文化力であったということです。
そして、その文化力というものは、大声のシュプレヒコールや単純なイデオロギーなどでは掬いきれない、まさに、人々が育んできた、あるいは時には忘れ去ってきたようなものも含めた、多様な営みの総体だということを、この264個の歳時記は、静かに、教えてくれます。
さらには、日本文化の本質とは、愛国的言説が、勢い陥りがちな、日本文化の単一性や独自性といったものよりも、寛容さ、曖昧さ、謙虚さにあるという教えも、この本の中から、ささやくように、にじみ出てくるように思われます。
例えば、【宝船】の項では、「七福神はそれぞれ、仏教、ヒンドゥー教、道教、日本土着の神々であり、宝船という一つの船に集うように乗る姿は、多くの神を受容する日本の風土だからこそ生まれ得た平和のシンボルでもある。」と書かれています。
日本人は、この【宝船】に象徴されうるような、なにかを、今こそ、振り返ってみるべきではないでしょうか。
さらに、日本文化の素晴らしいところは、先ほど述べた多様な営みというものが、決して、バラバラに存在しているわけではなく、日本人であれば、必然的に持つある種の共感(美意識)によって、暗黙のうちに理解・共有されてきたということではないでしょうか。そして私達は、この本から、皇室から庶民まで、あらゆる階層が満遍なく所有しているこの美意識の結晶が、家紋文化というものだ、という主張を読み取ることが出来るのです。
おそらく、この本は一気に通して読むだけではなく、一年をかけて、じっくりと、その季節ごとに、一ページづつ、読むべき本に違いありません。
それゆえ、この一本気新聞においても、「家紋歳時記」の具体的な内容に関して、折々に触れて語っていきたいと思います。
まさむね

散歩 »

[18 11 月 2011 | No Comment | | ]

昨日は、少し時間が合ったので中野の近辺の寺に行ってきました。
僕は中野区の小学校に行っていたので、子供の頃、授業で、このあたりに寺町があるという話を思い出しました。確か、明治時代の区画整理や、関東大震災後に、浅草近辺にあった寺の多くが、ここ中野や、世田谷区の烏山に越してきたということを聞いたことがあります。
ただ、その前からこの中野に存在した寺の代表格が、宝仙寺です。ここは有名人の葬儀・告別式がよく行われることでも知られており、確か、プロレスラーの三沢光晴選手や、漫画家の赤塚不二夫さんの告別式もここで執り行われました。
かの有名な武家の棟梁・八幡太郎義家(源義家)によって開かれたと伝わり、杉並区の大宮八幡宮の別当寺ということで、江戸時代には相当広い土地を領していたらしいですね。
ここに眠るのが、丸井の創業者・青井忠治氏。さすが名士だけあって、本堂近くの特別な場所に墓を構えています。
一般的に、大企業の創業家(大社長)の墓は、例えば、大日本印刷の北島家(吉祥寺)、西武の堤家(鎌倉霊園)、安田財閥の安田善次郎(護国寺)なんかもそうですが、このように墓所も大きく別格扱いされていることがありますね。今でも多くの人が参拝するからでしょう。
また、その他、ここには文化人類学者の石田英一郎の墓がありましたが、残念ながら墓には家紋はありませんでした。
さらに、結構広い墓域を周り、墓を見て回りました。当たり前の話ですが、代々、土地に根付いた家の墓は同じ名字で、沢山ありますね。ちなみに宝仙寺では、高橋とか飯塚といった名字の墓が多いようでした。
次に訪れたのが、この宝仙寺から、少し歩くのですが、上高田の高徳寺です。ここには、江戸時代の学者政治家・新井白石の墓、山野美容学院の創設者・山野愛子の墓、長門裕之・南田陽子夫妻が眠る加藤家の墓があります。
ただ、今日の目的は、もう、25年も前にNHKの朝ドラ「はね駒」のヒロイン(斉藤由貴)のモデルとなった磯村春子の墓です。文学者や女性の墓はどちらかといえば、大企業の創業者や政治家に比べると、こじんまりとした墓が多いので、探すのに苦労することがありますが、この磯村春子の墓は、新井白石の墓のすぐそばにありました。
これも不思議なのですが、先日行った総持寺の猪木家、大西瀧治郎、益田孝の墓もそうですが、有名人の墓は比較的、近接していることが多いですね。
有名なところでは、三鷹・禅林寺の太宰治の墓と森鴎外の墓、巣鴨・慈眼寺の芥川龍之介の墓と谷崎潤一郎の墓、鎌倉霊園の川端康成の墓と堀口大學の墓とかでしょうか。
時間があまりなかったので、昨日はそれくらい。ただ、ここは西武新宿線・中井駅からの歩ける場所なのでまた来ようと思いました。
また、僕は寺社を回るとそこの寺紋、神紋、そして近所の街中にある家紋も撮影し、以下に掲載しています。
よろしければ、こちらもご覧下さい。
日本家紋地図(街中の家紋)
全国寺社紋地図
まさむね

散歩 »

[17 11 月 2011 | 2 Comments | | ]

池上本門寺は素晴らしいお寺さんです。
僕は、階段を上がった丘の上にある寺社はなんとなく信用できるんですね。麻布の元神明宮とか、品川神社とか、赤坂の日枝神社とか...
その昔、寺社の近くにあるコンピュータのデータセンターは、安心という話を聞いたことがあります。
長い歴史の中で、古人は、地盤の固いところ、地震に強いところに古社を作ったに違いないからという理由です。なんとなく納得できる話だと僕は思いました。
そして、この池上本門寺も長い階段を上がらないと境内にたどり着けません。登りきるとちょっと息が切れました。
さて、本門寺の墓所の話をしましょうか。
ここは総持寺に比べると、それほど広くはないのですが、多士済々の墓を拝むことが出来ます。
有名なところでは、幸田露伴、市川雷蔵、片岡仁左衛門(11代)、松本幸四郎(7代)、映画監督の溝口健二、そして我らがスーパースターの力道山。
ご存知の方は多いかと思いますが、池上本門寺は、力道山の生前から、日本プロレス界と深いつながりがあったらしく、山門の仁王像のモデルは若き日のアントニオ猪木だそうです。
その他にも、日本プロレスコミッショナーの大野伴睦自民党副総裁、リキエンタープライズの山本社長、東京スポーツ会長の太刀川恒夫の太刀川家の墓もここにあります。
それらの墓の中でも特に目立つのが大野伴睦先生の墓所にある虎の石像ですね。東海道新幹線に無理矢理、岐阜羽島駅を作らせたというその強引さは、この墓のデザインにも現れているようにも思います。
また、ここの墓所の、三重塔から力道山の墓へかけての道沿いには、戦後日本社会の黒幕・児玉誉士夫を始め、大言壮語な語り口から「永田ラッパ」と呼ばれた大映オーナーの永田雅一、元自民党幹事長の斎藤邦吉、東京ガスのドン・安西浩、日本赤十字社社長の花房義質、閔妃殺害事件で投獄された岡本柳之助、稲川組の石井会長や、東声会の町井会長等の墓が左右に並んでいるんですね。これだけの大物を集めるというのもある意味、日蓮上人の威徳でしょうか...
僕は、自分の頭の中で、墓参をするときに生前のその方のイメージを沸かせて参るのですが、この道は、東京の様々な墓所の中でも屈指の”大物ストリート”で、そんな大物達の間を歩いていくというのは、イメージだけの話ではありますが、ちょっとビビります!!まぁそれが墓マイラーの醍醐味でもあるんですがww。
というわけで、今日は、池上本門寺の墓所はいつ来ても、身が引き締まり、しかも、楽しいというお話でした。
まさむね

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[16 11 月 2011 | No Comment | | ]

昨日、久しぶりに鶴見の総持寺と池上の本門寺に、TBC(東京墓石クラブ)のO君と二人で行きました。
勿論、家紋を有名人の家紋を確認、撮影するためです。
今日のエントリーでは、総持寺について書いてみたいと思います。
ご存知の方も多いかと思いますが、総持寺は、曹洞宗大本山(寺紋は五七の桐紋)で大変広い敷地を持っています。それゆえ、墓地も広いですね。
今回の目的はの第一は、「特攻隊の父」といわれた大西瀧治郎の墓、その隣にあるといわれている猪木家(アントニオ猪木の)の墓です。これに関しては、こちらのブログ(愉快痛快奇奇怪怪)を参考にさせていただきました。
さらに、僕にとっては、参考書的なサイト=名簿録に載っていた情報ですが、往年の名将・水原茂さんの墓ですね。また、例えば、コチラのブログ=カームラサンの奥之院興廃記にも書かれていますが、音楽家・黛敏郎氏の墓です。
さて、総持寺の墓地ですが、入り口から見て大きく分けて、左のエリア、正面のエリア、右のエリアがあります。
左のエリアの代表墓は何と言っても石原裕次郎さんの墓でしょう。墓地にも「裕ちゃんの墓→」という案内板が出ています。さすがスーパースターですね。
裕ちゃんの墓の他、このエリアには、哲学者の岩元禎、日本画家の前田青邨、建築家の伊東忠太等の墓があります。今回は、その他に言語政策提案者の山下芳太郎さんの墓を見つけました。この方は、横書きのカタカナ普及のために尽力した方で、墓の名前まで横書きのカタカナで彫られています。ここまで徹底しているというは、ある意味、素晴らしいですね。家紋は剣片喰い紋でした。
また、正面のエリアは、以前行った時にかなり回ったので今回は後回しにする作戦を立てました。ちなみに、このエリアには堺利彦や前田山、川上貞奴、浅野セメント会長の墓などがあります。
そして、僕らは、今回のメインターゲット、右のエリアに足を運びました。うれしいことに愉快痛快奇奇怪怪には墓の写真が掲載されてありました。僕らはこのエリアで、写真に写りこんでいる墓の背景の場所を探しました。
そうしたら、ありました、ありました。写真には、大祖堂の端が写っているじゃないですか。
O君はその情報を元に早速、墓を発見。さすが、彼は広大な墓所から墓を見つける天才です。
そして、家紋をゲット!大西瀧治郎中将の家紋は鞠挟みに違い鷹の羽紋。鞠挟みの中に何か入っている有名人の家紋は、幣原外交で有名な幣原喜重郎氏の鞠挟みに梅鉢以来の出会いです。
そして、その隣は、憧れの天才レスラーアントニオ猪木の実家・猪木家の墓がありました。猪木さんは鶴見の出身、家は、相当の資産家だったようですね。
家紋は、丸に横木瓜、猪木さんのエキセントリックなたたずまいからみると、木瓜というのは意外に「普通」な感じがしました。
ちなみに、猪木さんと同じ丸に横木瓜紋の有名人は、沖田総司、樋口一葉、豊田佐吉、坂本九、森喜朗...。ご興味のある方はコチラをご覧下さい。
そして、オマケと言っては何ですが、偶然、見つかったのは、それらの墓の前にあった益田孝氏(三井物産創設者)の墓です。これはラッキー。益田家の家紋は、三つ割り菊紋でした。
さて、残るは水原茂氏と、黛敏郎氏の墓です。あとは、二人でしらみつぶして歩いて探すしかないです。
そして、今回の重点エリア(右エリア)の最も端の壁際の列に、水原茂氏の墓を発見しました。目的の墓を発見した瞬間というのは、本当に嬉しいですね。これだから、墓マイラーは辞められません。
そして、家紋の撮影ですが、その前に、お墓に彫られている茂氏の名前と死亡年月日を読み、ご本人と確認、これは必須の手順です。
驚いたのは、その家紋が丸に右荒枝付き三階松に株竹紋だったことです。この家紋は、森本景一氏の「家紋を探る」でも、幻の家紋と評されていた家紋です。僕にとっても、初めて出会った家紋でした。
ちなみに、右寄り三階松というくくりで言えば、映画監督・木下惠介やミュージシャンの細野晴臣、X-APANのhideの家紋でもあります。ご興味のある方は、コチラをご覧下さい。
それから二人別々に、墓所を歩き回ったのですが、結局、黛敏郎の墓は見つけることは出来ませんでした。
まぁ、またいつか来ればいいや、墓探しは深追いは禁物です。心の中で両手を合わせ、頭を下げて、総持寺を去りました。
次の池上本門寺が待っていますからね。
まさむね
※本門寺探訪に関しては明日のエントリーで書こうと思います。

政治 »

[15 11 月 2011 | 2 Comments | | ]

日本における選挙の勝敗に最も影響があるのは何でしょうか。
少なくとも90年以降の日本政府の政策の大きな流れを見ていると、それは有権者の目先の繁栄を継続させること、(あるいは昨日と同じような明日をむかえるようにすること)、そして、スキャンダルが無いようにするすること、この2点だったのだと思います。
大局から見て日本の国益とは何かといえば、人によって意見は異なることでしょうが、僕は日本の真の意味での独立だと思っています。これには、憲法改正や、自主防衛(=米軍撤退)なのですが、これには大変、時間がかかるので、どうしてもズルズル先延ばしになってしまいます。しかも、これらの政策を選挙公約として前面に出しても、あまり盛り上がるとは思えないですね。
一方で、日本のデフレは信じられないくらい継続していますが、政府や日銀は、そこから脱却する有効な対策を打とうとしているように見えません。しかし、有権者として力のある層(地方の高齢者層)にとってはデフレというのは、いい政策なのかもしれないですね。物価が下っていくのですから。
また、傾向としての円高が続いていますが、経団連の所属する多くの企業にとっては、生産拠点を海外に移せるという意味では、円高というは、良策でしょうね。
また、クリーンな政治は、勿論、悪いことではないのですが、それが国民の生活や、国益にとって、いいことなのかどうかというのは、よくわかりません。
マスコミによって、選挙の焦点がそこに集中すると、政治家がどんどん、クリーンだけど、実力の無いタイプ、いわゆる小粒になっていくというようなひとを言う人もいます。
勿論、何が正しい判断なのかというは難しいのですが、有権者の判断というのは、決して、国益に沿ってはいないように思います。
今回のTPPに対する有権者の判断も、いろんな世論調査を見ると、4割以上が支持で、反対あるいは慎重派を超えていますが、政府の説明が十分かどうかという問いに対しては、8割以上が不十分という答えをしています。
つまり、国民の声は「よくわからないけど、いいんじゃない」程度の認識なのだと思います。
もしこれが、具体的に自分が経営している会社の判断を迫られる場面だとしたら、当然、慎重になるような場面だと思うのですが、大抵の人にとっては、政治とは他人事ということですね。
というような偉そうなことを書いてしまいましたが、かくいう僕も、その時の空気に完全に流されて、郵政選挙の時は、自民党に投票したし、民主党政権奪取の時には民主党に投票してしまったということを正直に告白しておきます。
そう考えると、現在の選挙制度自体が、根本的に問題なのかもしれないと思います。ヨーロッパの地方政党だったと思いますが、全ての政策に対して、支持者からの事前アンケートで、政治家が投票を決めるという政党があるというのを聞いたことがあります。政治家は、政治家としてのポリシーを持つのではなく、ただ、それぞれのアンケート結果をもとに、議会の時に投票するという政党です。
まぁ、そんなことを実験的にでもやってみれば、国民は一つ一つの政策に関して、もう少し自分のことのように考えるようになるかもしれないと思ったりします。
まさむね

政治 »

[14 11 月 2011 | 2 Comments | | ]

昨日アップした「日本人的無意識の行動の困った点と美徳」というエントリーに対して高澤先生よりいただいたコメントが提起される問題ついて、改めてエントリーを立ち上げて考えてみたいと思います。僕自身、普段、それほど真面目に考えているテーマではないので、勘違いや思い込み等あるかもしれないことご了承下さい。
まず、以下の点に関してです。
アメリカの機嫌を取ることが政治家として、また政党として保身になるのかということが具体的に全く語られないのがとても気持ちが悪いですね。
仰る通りに、誠にもって気持ちの悪い現象ですよね。僕もそう思います。
これに関して、僕が理解している範囲で自分なりに書いてみたいと思います。いわゆる巷で言われている話ですが、一応、自分の中の整理のつもりで書かせていただきます。
自分の印象では、アメリカに機嫌を取る必要があるような政治家というのは、かなり実力者だと思われます。首相か、次期首相候補、それくらいのベテランですね。
彼らは、勿論、地元で当選回数を重ねてきており、それなりの実績を積んでいます。そして、官界、政界、財界にそれなりのコネクションを持ち、影響力を行使出来るようになった政治家です。
おそらく、そういった人が最も恐れるのは、スキャンダルでしょう。明らかな収賄や不正な献金に加え、時には親からのお小遣いや漢字の読み間違いなど、そのレベルは様々ですが、マスコミからなんらかの「叩かれる」材料を極力避けようとします。当たり前の話ですね。
しかし、本人の自覚や行動をはるかに超えて、そういったスキャンダルが降りかかってくるということも今まで何度もあったように思います。
それらは、あとから考えると、不条理であり、言いがかりであったというような事件が少なくありません。戦後政治史において、この手のもので最大の事件はロッキード事件でしょう。
この事件は、70年代の半ば頃に起きた事件で、アメリカのロッキード社が、全日空の旅客機に自社製品を買わせる為に、代理人の児玉誉士夫を通して、当時の首相・田中角栄に5億円を渡したという収賄事件ですね。
ちょうど、僕が高校1年生位の時で、国会の証人喚問に呼ばれたの小佐野賢治の「記憶にありません」という台詞が流行したのを覚えています。
そして、ここからは、誰もが一度は耳にしたことのあるような推測なのですが、この事件は、当時、日中国交正常化で、アメリカから距離を置こうとした田中首相に対して、ピンポイントで、CIAが仕掛けた罠というわけです。
本来だったら、児玉誉士夫が受け取った30億円のうち、田中角栄が受け取ったとされる5億円以外の25億円の行方についても捜査するのが公平なはずなのですが、検察はそういった捜査をうやむやにして、結果として、大物政治家としては田中角栄だけが逮捕されるという結末となります。
そして、いわゆる親米派と言われていた中曽根康弘や、岸信介、福田赳夫のラインは、怪しいといわれながらも、難を逃れた恰好になりました。
これを機に、アメリカCIA=検察 VS 親中=田中派との戦いがあるという話が、なんとなくイメージされたのですね。
繰り返しますが、勿論、僕は真相をつかんでいるというわけではありません。これはあくまでも一般的に語られていることで、インターネット上で例えば、「ロッキード事件」でググれば、一ページ目に出てくるような噂話にすぎません。
そして、その後、先ほど名前を出した中曽根氏や、福田氏の直系の小泉氏がアメリカと良好な関係を保ち(逆に言えば、アメリカの言いなりになって)、長期政権を築く一方で、田中派直系の小沢一郎氏は、90年代~ゼロ年代にかけて、常に政界の中心にいながらも、政治資金規正法違反という微罪で3人の秘書が逮捕され、自身も強制起訴されてしまいました。これに関しても、小沢氏が中国と接近し、アメリカと距離を置いたことが原因という話があります。
詳しくは書きませんが、僕自身は、この小沢氏の件は、検察と、それに加担したマスコミの横暴だと思っています。ただ、現在でも、世論調査では、8割以上の人が小沢氏に対して、いまだ批判的なのを見ると、検察やマスコミの目的は達成された感はあります。そして、彼の政治生命は風前の灯で、もはや復活の目は無いように見えます。
ちなみに、検察という組織も戦後、GHQによって作られたものであり、マスコミもGHQの検閲下から、戦後、新しく生まれ変わっています。
少し長くなってしまいましたが、ようするに、こういった戦後、アメリカから見て、御しがたいと思われた政界の実力者達の失墜劇を見るにつけ、いつの間にか、親米でないと長期政権を維持できないというどこまで本当かわからないけど、なんとなくリアリティがあるような、いわゆる「神話」が出来上ったのでしょうね。
考えてみれば、こうした「神話」は、民主党政権になって、自民党政権以上に語られるようになりました。普天間問題で失敗した鳩山氏は、アメリカに嫌われ、その後の菅氏は、とにかく親米=政権維持を貫いてそこそこ延命し、そして野田氏や次を狙う前原氏も親米と言われています。確かに、TPPに対しても、鳩山氏は反対、菅、野田、前原各氏は賛成でしたね。
さて、TPPに関してですが、今年2月の一般教書演説でオバマ大統領は、とにかく国内の雇用改善を第一課題とすると宣言しました。
そこから考えると、アメリカが今回の日本のTPP参加で期待するのは、モノの輸出を促進するというよりも、日本の高い各種規制を撤廃(緩和)させることによって活性化され得るサービス分野における、輸出市場を確保することによって雇用を改善させる道筋をつけることだというのは明らかなように思います。
現在、日米間ではコメ以外の関税障壁はそれほど無いと言われています。工業製品の多くは既に、現地生産が進み、それ以外の品目でも為替操作(対日ドル安誘導)によって、関税面での障壁はそれほど問題ではなくなっているようです。それゆえに、アメリカは、モノを日本に輸出するというより、保険や金融といったサービスを直接・投資することを考えている、それゆえに、それらの国のシステムをアメリカ化したいのだといわれています。
勿論、アメリカは、それらを日本の国力を衰退させるためにするわけではないでしょう。しかし、実質的な失業率が10%を超え、主要国の中で最大の格差社会になってしまったアメリカ(特にオバマ政権)にとっては、アジア市場拡大(TPP推進)は、その実質的な成果はともかく、来年の大統領選挙再選のための大きなPR材料にしたいのだと思います。
また、アメリカも日本と同様に高齢化が進んでいます。そして、60歳以上の高齢者はアメリカ経済の足を引っ張ります。米軍の沖縄からグアムの移転という話も、別に沖縄の負担軽減のためにするのではなく、その余裕がなくなってきたと見るべきだと思います。
さらに、アメリカが、日本を始めとして環太平洋地域のルールをアメリカ化した後に、狙うのは当然、巨大な中国市場でしょう。もう少し長いスパンで見れば、アメリカにとっての攻めるべき本丸は、日本ではなく、規模感の違う中国ということですね。
もっとも、上記の展望はあくまでも物語に過ぎません。ただ、現時点では、物語でいいのだと思います。オバマ政権にとっては、国内向けに、雇用改善のための展望を示すということが、直近、大事なのであり、野田さんはその脇役としてハワイのAPECで(とりあえず)参加表明をすることが必要だったのでしょう。
そして、このあたりの話はさらに、想像となってしまうのですが、その背景には、日本はアメリカ軍(の核)によって守られているという動かしがたい現実があるのだと思います。
続きは明日以降、書こうと思います。
まさむね