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[14 7 月 2009 | 4 Comments | | ]

今は、それぞれがひとつづつのPCで作業し、それらのPCをLANで繋ぐような開発環境が当たり前になってしまったが、その昔は、ひとつの大きなマシン(汎用機あるいはミニコン)にダム端末をいくつも繋げての開発が主流だった。それでも、端末の数が足りないと昼夜の交替で開発が進められた。
特に300人を超えるような大きなプロジェクトでは、複数の下請け会社の社員達も開発に参加するため、顔も名前も知らないようなスタッフと同じマシンにプログラムファイルを書き込むことになるのだ。
これからお話するのは、そんな時代のちょっとした怪奇談である。
そのプロジェクトは金融関係の大きな、しかし絶対に不具合が許されないようなシステム構築だった。当時の僕は一プログラマとしてそのプロジェクトに参加していた。当然、システムの全体が見えているわけでもなく、与えられた仕様書に従い、指定されたインプットデータに正しいアプトプットデータを出力するというだけのプログラムを日夜書いていた。
どのプロジェクトもそうだが、納期が迫ってくると当然、スタッフの目が殺気立ってくる。そうなってくると一月100時間の残業は当たり前、それでもまだ時間が足りないといった状況に追い込まれる、それが当然のような時代であった。
そして、プロジェクトは遂に、大詰め、最後のテストの段階をむかえた。
しかし、問題はここから起こった。
何万件というデータを投入して、計算してテスト結果を出そうとするのだが、どうしても残金が合わないのだ。
「これじゃ、納品に間に合わないぞ」
先輩SEの悲痛な叫びが聞こえる。
勿論、スタッフ全員でもう一度、プログラムの見直し作業が行なわれる。
しかし、何度やっても、不具合な箇所は見つからない。それでも何度も何度も繰り返し、デバッグとテストは繰り返された。
そして、5000本以上もあるサブルーチン毎のしらみつぶしのデバッグは進み、ついにあるプログラムの怪しい箇所が特定できるところまで作業は進んできた。
しかし、その部分を作ったプログラマは下請け会社の、さらに女性派遣プログラマだった。
僕は何度か彼女が端末に向かっているのを見かけたことがあったが、勿論、話をしたこともない。
確か、色白で髪の長い女性だったように記憶している。
しかし、彼女は突然、会社に来なくなって、何処に行ったかわからないという。
そして、その時点になってようやく、彼女とまともに話をした事のある者は、誰もいないということに、みんな気がついたのだった。その女性プログラマは極端に無口だったからだ。
「どうしよう。」
「いや、どうもこうない...」
とにかく、彼女の書いたコーディングを追っていった。
彼女は几帳面らしく、コーディング自体は整然と書かれていた。どこにも不具合が無いように見えた。
しかし、彼女のプログラムを見ていたベテランプログラマのKさんが、突然、声をあげた。
「なんだ、この変数名は!」
通常変数名は、他のスタッフが理解できるような名前で書かれている。
当時は日本語入力が出来ないのでみんな半角のローマ字で書かれていたのだが...
KOROSU
その変数名は「殺す」という名前だったのだ。
Kさんはその変数を適当に別な普通の名前に修正した。ただ、それだけの修正だった。
そしてコンパイル、リンクして、システムを再度テストしてみた。
すると、なんとシステムは正常に動き出したのだ。
ほっと胸をなでおろす一同。そして、システムはなんとか納品にこぎつけることが出来たのだった。
数日後、僕は、Kさんに聞いてみた。
「なんで、あの変数を修正したんですか」
「あの変数、なんとなく、気持ち悪かっただろ。長年の勘っていうやつかな。」
Kさんは笑ってそう答えた。
しかし、僕の中には釈然としないものが残った。あれは何だったのだろうか。
勿論、その後、あの無口で色白で髪の長い女性を見た者も、彼女の噂を聞いた者も誰もいない。
まさむね

歴史・家紋, J-POP »

[12 7 月 2009 | 4 Comments | | ]

名字や出身地から家紋がわかるのかという質問をよく受ける。
勿論、100%わかるというようなことはありえないが、ある程度の確度で想像は出来る。
家紋の面白さはそういった想像を許容してくれることだ。家紋という法律とはあまり関係なく、先祖の願望や人間関係や、家柄を表現したマークを日本人は代々受け継いできた。
その事自体、ある意味、奇跡的なことである。世界の国々の中で庶民にまで、まんべんなく紋章が広まっている国は日本だけ、その事実がこの奇跡性を物語っているではないか。
今回のエントリーでは、w-inds.を例にして名字、出身地から、彼等の家紋を想像してみよう。
w-inds.というのは、下記の3人のメンバーからなる男性ダンス&ボーカルユニットである。
千葉涼平 1984年11月18日生、北海道出身(左)
橘慶太  1985年12月16日生、福岡県出身(中)
緒方龍一 1985年12月17日生、北海道出身(右)
まずはリーダーの千葉涼平。千葉という名前から想像できるのは、平氏の名族・千葉氏である。
平氏と言えば、元々桓武天皇の流れを汲む。そのひ孫の高望王が平氏を賜り、皇族を離れ、関東に根を張った。
その子孫の中でも千葉氏は有力な豪族として鎌倉、室町まで生き延び、家名は江戸を通して現代にも残っているのである。
そして、千葉氏の多くは東北地方に勢力を伸ばした。その中には国分氏もあるから、TOKIOの国分太一は、もしからしたら千葉氏の流れを汲んでいるかもしれない。
そんな歴史的な経緯から見ると、千葉氏を姓に持つ千葉涼平は、正統な桓武平氏、そして家紋は、星に三日月を持つ可能性が高い。この月星紋の有名人は多いが、代表的なのは、あの剣豪・千葉周作と、前の五千円札の新渡戸稲造だろうか。
次に橘慶太。福岡県出身ということもあり、おそらくは、橘氏族の出である可能性が高い。
橘氏は、奈良時代に、藤原不比等の後妻となり、光明皇后を生んだ県犬飼三千代が、その功績により橘姓を賜ったことが始まりだ。女性が氏の始祖となるケースは珍しい。勿論、この時代、女帝も多く輩出されている事から考えて、女性上位の気風の時代だったのかもしれないが、一方ではそれほど、彼女の功績は大きかったということもいえると思う。
しかし、この橘氏は平安時代に入ると、藤原氏の風下に立たされることが多く、中央政界ではうだつが上がらなくなる。
おそらく、慶太の祖先は、そんな橘氏の中でも藤原純友の鎮圧のために大宰権帥として九州へ下向した参議橘公頼の子孫かもしれない。
この橘氏はその後、筑後(現在の福岡県)に広く勢力を拡大する。その後、松田聖子やZARDの坂井泉を輩出した蒲池氏も、この橘氏の流れを汲んでいるのである。
ちなみに、藤原純友の乱の際に、橘氏と並んで、純友を成敗した伊予(現在の愛媛)の豪族に越智氏がいた。
現在、橘慶太は、VISION CAST(携帯のみ)というサイトで『冠慶太』という番組をおちまさと(本名:越智真人)と一緒にやっているが、これも遠い昔の因縁だろうか。
家紋は勿論、橘紋かと思われる。福岡の橘氏はほとんどこの紋を使用しているからだ。
ちなみに、橘紋を使用する有名人には、例えば、日蓮、山中鹿之助、井伊直弼、勝新太郎、江川卓、小和田雅子、北島康介...なんとなく、強い意志を感じさせる人物が多い。
そして、最後が、緒方龍一だ。彼自身は北海道出身だが、この緒方という姓は、元々九州・熊本に多い姓である。
日本にはある程度、県単位で特に多い名字というのがある。宮崎県には黒木姓が多いし、愛媛県には越智姓、長野県には百瀬姓、香川県には大西姓が多い。また青森県に工藤姓が多いことも有名だ。
そういった姓と県の結びつきで言えば、緒方姓と熊本というのも結びつきが深いのだ。昔、巨人軍にいた緒方選手も確か、熊本出身であった。
この緒方氏は元々は、大神氏という大国主系の氏族で、平安時代に九州に土着するのである。
氏族の中では、平重盛の家人だったが、源平の合戦で源氏方に付き、その後、義経側についたため、不遇な扱いを受けた緒方惟榮が有名である。
しかし、残念ながら緒方氏には、これといった決まった家紋がないようだ。あえて言えば、江戸末期に適塾という蘭学の私塾を立ち上げた緒方洪庵の杉紋が有名である。
こう見ると、千葉涼平は月星紋、橘慶太は橘紋、そして緒方龍一が杉紋というのが僕の想像だ。
w-inds.という名前は、北(涼平・龍一の出身が北海道)と南(慶太の出身が福岡県)の風(wind)が一つになって世界中に届くようにと名づけられたというが、このように歴史の流れを見ていくと、慶太の橘氏と龍一の緒方氏は元々九州の大族という共通点が、さらに、その橘氏と千葉氏の祖である平氏は天皇系の氏族という点で似ているのだ。
涼平・龍一は北海道出身
慶太・龍一は九州の大族出身
涼平・慶太は、天皇系氏族出身
それぞれの組み合わせでつながりがあるではないか。
もしかしたら、w-inds.の三人のチームワークのよさにはこんな因縁が隠されているのかもしれない。
まさむね
2009.12.06 日常生活の中で思わずつぶやくw-inds.のあのフレーズ
2009.10.29 本当の「歌の力」は、w-inds.の新曲「New World」にある
2009.11.26 w-inds.、最後に残るのは慶太、龍一、涼平、3人の声だ
2009.09.03 w-inds.ライブ、その隠れキリシタン的恍惚は特権的だ
2009.07.27 w-inds.のステージはマイケルが乗り移った甘美な夢だ
2009.07.12 名字と出身地から家紋がわかるか ~w-inds.の家紋~
2009.07.04 w-inds.のライブツアー特別待受けに見える龍一の想い
2009.05.25 w-inds.の龍一とジョンレノンが似ている件
2009.05.18 w-inds.とモーニング娘。どちらが勝っても嬉しいし悔しい僕
2009.05.08 w-inds.のストイックさに明日の可能性がある

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[8 7 月 2009 | No Comment | | ]

Google アドセンスが選び出す広告のセンスにはたまに笑わされる。
これは携帯で本サイトを見ていただくとわかるのだが、エントリーのタイトル、内容、キーワードから、Googleが選び出してくる広告は意外だが、しかしどこかに説得力があるのだ。
例えば、こんな感じだ。
UNIX=eunuchs(宦官達)の思想が「種」を残すという皮肉
というエントリーに対して、
しこりがあります・・・
という腫瘍のQ&Aサイトの対応ページが表示される。たしかに宦官という言葉を使っているし、「種」という単語をタイトルに使用しているが、別に病気の話をしているわけではないのにである。
また、
鳩山邦夫の墓前での柏手に見る鳩山家の底の浅さ
というエントリーに対して、
体重160kgの患者専用の...
という痩薬の広告が表示される。確かに、一部ネットでは鳩山氏はメタボ・鳩山と呼ばれているのは知っている。それにしても、この広告は露骨だろうと笑わされるのだ。
確かに、現時点では、読者に対してピッタリの広告を提示できているとは言いがたいだろう。
ただ、そこには「人工無能」をも想像されるロボットの愛嬌がみられるではないか。
僕は、たまに、暇なときに、どんな広告が出るのかだけをリロードして楽しむ事もあるくらいだ。
テクノロジーは時に予想外のエンターテイメントを生み出すものである。
まさむね

日常雑事 雑感 »

[7 7 月 2009 | No Comment | | ]

益若つばさという娘がいる。
カリスマファッションモデルで、かつ若い女性向けの美容関連商品のプロデュースも手掛けている。
wikiによると、2007年12月現在の彼女の経済効果は100億円を上回るとされているという。
彼女がブログで紹介したネイルやヘアが、あっという間に人気スタイルになってしまうという。
最近は、息子を出産、旦那のこれまたファッションモデルの梅田直樹氏とともに、そのライフスタイルを開示。カリスマという名に恥じない活躍ぶりである。
その益若つばさが、ローリングストーンズとのコラボでTシャツを発売している。
あの、ストーンズのベロマークを彼女独特のアレンジを加えたTシャツである。
個人的な話であるが、僕は高校の頃、ベロマークのTシャツが欲しくて、原宿、渋谷を探し回ったことを思い出した。
その時は、結局見つからず、すごすごと帰ってきたのを覚えている。あれから、30年以上経った。
ご存知の通り、このベロマークはストーンズの反体制のシンボルとして採用されたマークだ。ミックジャガーの口を想像させるそのデザインはだからこそ、反抗的な若者の生き方の象徴でもあったのだ。
当時、ストーンズと言えば、手の届かないスーパースターだった。あの沢田研二がロンドンのEMIスタジオでミックジャガーに会いたくて、何時間も出待ちをしていて、やっと会えてサインをもらったという逸話が残っている。沢田研二だって、当時の日本では大スターだ。その彼がやっとあえるミックジャガー。僕のローリングストーンズの幻想は膨らみに膨らんだものである。そういえば、この沢田研二が主演した『太陽を盗んだ男』という1979年の映画の主人公は、原爆を作って世間を脅迫するのであるが、その時の犯行要求が「ストーンズ来日公演」だった。
ところが、現代、一人の女の子が、「これはローリングストーンズとコラボしたTシャツで~す」と紹介するような時代になった。彼女の目に、ストーンズという存在はどのように映っているのだろうか。
それが、いいことなのか悪い事なのか、よくわからないが、ある種の感慨を抱かざるを得ないのは事実である。
しかし、もしかしたら、彼女のようなコギャルこそ、ストーンズの反逆性を受け継いるのかもしれない。僕のような体制的になってしまったオヤジをこれだけ挑発するのだから...
やはり時代は転がる石(Rolling Stones)のようなものということだろうか。
まさむね

ビートルズ »

[6 7 月 2009 | 6 Comments | | ]

ビートルズのリマスターCDボックスが発売されるという。
結構なことだ。これを機会に、多くの若者がビートルズを耳にする。そしてビートルズがさらに聴き継がれていく。
そして、それによって、ビートルズが持つ触発力が若い人々に伝播し、あたらしい音楽が生み出されていくのだとしたら、それは、音楽界にとっても、素晴らしいことではないか。
しかし、個人的には、実はあまり関心がないというのが正直なところだ。
おそらく、僕は買わないだろう。実際は、お金がなくて買えないという面もあるのだが、「While My Guitar Gently Weeps」のエンディングが長くなるとか、「Across the Universe」の新しいバージョンが聴けるとか、「SGT. PEPPER’S LONELY HEARTS CLUB BAND」のモノラル版が出るとか、それはそれで一度は聴いてみたいとは思うが、最近流行の突っ込みで言えば、「ソコかよ」という感じは否めないのだ。
また、モノラルBOXを持っていれば後々高く売れるという人もいる。こういう意見に対して、微妙に興味はそそられはするものの、自分がすることじゃないなと思ったりもするのだ。
やっぱり、僕はオタクなんだと思う。オタクというのは、作品に対して妄想的にイメージを膨らませる人種である。
その対象が何であろうと、例えば、アニメであろうと、プロレスであろうと、政治であろうと、アイドルであろうと、アートであろうと...それは二の次だ。おそらく、対象に対する関わり方こそが、オタクの本質なのである。
例えば、ビートルズの名盤・「SGT. PEPPER’S LONELY HEARTS CLUB BAND」に関して言えば、その音がステレオか、モノラルかというところではなく、「Whthin You Whithout You」のジョージの視線と「Fix a Hole」におけるポールの観点の対立物語とか、「Good Morning Good Morning」に母校を登場させるジョンの気持ちが「Strawberry Fields Forever」とどう繋がっているのかというような、考えてもどうしようないことが気になって仕方がないのがオタクなのである。
それに対して、マニアという方々がいる。ビートルズに関しても、各国のレコードを集めたり、貴重な資料を持っていたりという方向に行く人々だ。別名、コレクターともいう。「真実のビートルズ・サウンド」の著者・川瀬泰雄氏なんかは典型的なマニアなのだと思う。なにしろ、一つの部屋が全部、ビートルズグッズというのだからたいしたものだ。
また、オタクでもなければ、マニアでもない、それでもビートルズが大好きといういわゆるファンという方々もいる。数で言えば、おそらくこのファンに属する人々の人数が一番多いだろう。実際に、その対象となるジャンルをささえているのはこのファン層だと思う。
ビートルズを聴いても、妄想に悩まされることも無く、収集したいという衝動に突き動かされる事もない。ある意味、正しいビートルズファン達。今秋のビートルズリマスターCD発売時には、こういったファンを増やしてくれるようなマーケッティングを期待したいし、多分、そうしてくれることだろう。
東芝EMIが、9月9日に向けて、どういったマーケッティング戦略をとるのか、それも一興である...なんて言っていって、そっちのビジネス面での妄想をつのらせる僕は、やっぱり悲しいオタクだ。
まさむね

テクノロジー・ビジネス »

[5 7 月 2009 | No Comment | | ]

BeeTVが開局してはやくも2ヶ月が経過した。
コーナーのひとつとしてAvexの音楽PV、2000曲の見放題サービスが始まって、益々好調のようだ。月額300円でこれだけバラエティに富んだ映像が見られるというのは確かに、他にはない。TVと名づけるだけのことはある。
ご存知の通り、docomoは来年よりLTE(Long Term Evolution)方式を採用したサービスを開始、また、KDDIも2012年には同方式を採用、最大100Mbpsの高速通信サービスが開始される。
また、ソフトバンクは当初は、HSPA+方式を採用、そしてゆくゆくはLTE採用の意向とも見られている。
いずれにしても、携帯電話は一気に高速通信が当たり前の世界に入っていくのである。そうなっていくと、当然、携帯電話で動画を見るというサービスが今以上に重要なる。これは自然の成り行きであろう。
勿論、そういった流れの先頭に立つという意味で、今回のBeeTVの開局があるわけであるが、現時点ではまだ、配信している各番組が実験中、手探りの状況にあると言ってもいい。
ただ、逆にそういった状況だからこそ、BeeTVは興味深い。本エントリーでは、そこから見える携帯電話における動画の適性、方向性を探ってみたいと思う。
【動画の有用性】
もともと、テレビのドラマの役割には、その内容を楽しむというだけではなく、話の筋を友人達と共有することによって、話題にするというある種コミュニケーションのネタとしての役割があった。
しかし、携帯電話の普及によって、友人達と気楽にコミュニケーションが取れるようになる。すると、ネタとしての連続ドラマの価値が徐々に下り、結局、連続ドラマの視聴率が下るという結果になってしまったのである。
そして、コミュニケーションツールとしての役割が低下すると同時に、ドラマのもうひとつの役割、すなわち有用性という面が目立つようになってくる。例えば、最近のドラマの随一の高視聴率ドラマ「Mr.Brain」では必ず、脳に関する豆知識が披露される。ちなみに、昨日の放送では微笑みの起源について語られていた。
さて、BeeTVであるが、そこで常にBest5の人気をKeepしているのが「KOI☆AGE~恋するアゲハ~」である。このドラマは、小西真奈美扮する雑誌のフリー記者がキャバクラに潜入してそこで様々な人間に遭遇するというドラマであるが、そこにはちゃんと、キャバ嬢達の悩み、髪形、作法などの情報が丁寧に描かれている。最近の若い女性のなりたい職業のひとつとしてキャバ嬢というのがあるらしい(もしかして都市伝説?)が、そういった層へに対して、「役に立つ」というニーズを満たしているようなのである。
また、その他のドラマにしても、「ラブコネクター~恋愛工作人~」「40女と90日間で結婚する方法」というハウツゥ物的な作品が並んでいるのである。
ただ、その中で「とっても甘いの~C’EST TRES DOUX~」というパリロケを敢行している香椎由宇主演のドラマがあるのだが、これはパリという世界の実感が薄いせいか、お金をかけた割には順位はそれほど高くないようである。
これは僕の仮説であるが、人は道具(機械)に対して抱く「使用役割イメージ」からなかなか抜け出せないものなのである。テレビは娯楽機、PCは仕事機、そして携帯は実用機としての強いイメージがあるうちは、携帯電話に対して、どこか役に立つことを期待するということもあるのかもしれない。また、一方で、日本ではPCがゲーム機として大衆化しないのは、その「使用役割イメージ」のせいかもしれないのだ。
【映像のリアルさ】
BeeTVの売りのひとつが、「テレビでは流せないものを携帯で」というものである。それはBeeTVの番組の中でも和田アキ子、小倉智昭といった大御所が何度も口にしている。僕としては、そういった大物達の次世代に対する責任として、こういった新しいメディアへ逃げ込むのではなく、テレビの可能性を広げるというところで頑張って欲しいという希望もあるのだが、それはしかたがないのかもしれない。とにかく、携帯はテレビに比べて「本当のこと」が流されるメディアという立場にあるのは間違いないところだ。
数年前にケータイ小説というのが大流行した。その時のキャッチフレーズが「実話をもとにした」というところにあった。『恋空』もその話が事実であるということが宣伝文句として使われていた。しかし、実際は「実話をもとにした」というキャッチフレーズは、それはそれで、「そういうフィクション」だったのである。しかし、これは功を奏し、ケータイ小説は大ブレークしたのであった。
今でもコンビニなどで、「本当にあった」○○話というような雑誌が所狭しと並べられているが、そういったマイナーな漫画誌にしても携帯電話にしても、いわゆるテレビや新聞というマスメディアが建前のみを語るメディアになっていく一方で、リアリティのあるメディアとしての役割を担っているのではないだろうか。
だから、地上波のテレビでは番組という形式に収まらない「破片のような」映像こそ、ここでは価値があるのかもしれない。
例えば、BeeTVの人気番組に東方神起やEXILEのMOOLOGという動画ブログがある。これは例えばメンバー達が控え室でトランプをするという程度の映像なのだが、それが携帯で見るとリアリティのある映像破片として見えてくるのだ。おそらく、地上波では没になるであろう「ただの」ダラダラとした日常、携帯電話だからこそ価値が出ているのだと思う。
そこには、『「ドキュメンタリ」という名前のウソの真実』=『あらかじめストーリーのある現実物語』ではないリアリティがあるといってもいいだろう。
【人間関係映像】
さらに、このMOOLOG(動画ブログ)の中をもう少し詳細に見ていくと気づくところがある。実は、これらの映像で面白いのは、彼等一人一人の個性(キャラ)が出るところでは実はない。東方神起なり、EXILEなりのメンバー間の人間関係が面白いのだ。キャラはある程度、自分で作れるものだが、人間関係は、創作物を超えた残酷さが映し出るものなのである。例えば、東方神起の楽屋でのトランプのシーン。トランプのあとで罰ゲームのシッペが行なわれるのだが、誰が誰に強くシッペをするのか、誰は出来ないのか...そういった本当に微細な感情に僕達は興味をそそられてしまう。
今後、いわゆるテレビ的格とは別の、真実の序列が垣間見られるような映像が配信されれば、人々は飛びつくような気がする。
【アップの多用】
携帯電話のデメリットのひとつは、明らかに画面の小ささというのがある。そして、ずっと携帯を手で持っていなければならないという不自由さがある。それゆえに、より映像を見やすいようにとアップの映像が多用される傾向がある。それはそれで仕方のないことだ。
おそらく、今後は一歩進んで、そのアップの多用を逆に利点として活用している番組が有効になってくるに違いない。
現段階のBeeTVではそんな番組に一番近いのは益若つばさのMOOLOGだと僕は思う。これは現代のカリスマヤンママモデルの日常生活をただ追っていくという番組なのだが、これが意外に面白い。彼女が着用しているブレスレットやペンダントが次々にカメラアップで紹介されて、彼女なりの言葉で解説されていくのである。
詳細に関しては僕は門外漢なので批評することはできないが、おそらく、彼女のフォロワーはそのひとつづつが有用な情報なのだろうし、同時に彼女の旦那でモデルの梅田翼、そして二人の間の息子との人間関係や生活の仕方が垣間見れて、それはそれで人間関係映像としても貴重なのだと思う。
そういえば、現在、アメブロ上位には、常に辻希美、杉浦太陽、藤本美貴、北斗晶、佐々木健介、ダルビッシュ紗栄子等の既婚者が名前を連ねるのは、生活の知恵を教えてくれるという有用性がありそうで、しかも同時に人間関係がわかりそうという要因があるのではないだろうか。
【テロップの使い方】
携帯動画番組はどこで見るか。おそらく寝る前のベッドの中、くつろいだソファでとかなのだろう。しかし、多くの人にとって、携帯の使い場所として重要なのが電車の中である。ただ、そこでは当然音が出せない。勿論、イヤフォンをしてという選択肢もあるが、それもわずらわしいときもある。そんなとき、完全字幕版というのは意外に嬉しい。まるで記事を読むように映像を楽しむことが出来るからだ。まるで逆の発想だが、そこでは、字が読めて、しかも絵としての映像も同時に楽しめるだ。
例えば、BeeTVの「鳥肌怨読棺(とりはだおんどくかん)」という国生さゆりが朗読する怪談話がまさにそれだ。テレビでは音のない状態は10秒とは作れないという。「テレビが壊れた!」というクレームが入ってしまうためだ。ただ、携帯に関しては、こういった楽しみ方も出来る。この「映像付読み物」も携帯ならでは、あるいは携帯の新しい可能性のひとつかもしれない。
【メジャーには厳しい】
BeeTVの当初の売りのひとつは、和田アキ子やみのもんた、小倉智昭といったテレビ界の大物が登場し、「本音」を語るというものだった。しかし、結果としてみると、それらの番組はそれほど人気があるようには思えない。実際に、その2つの番組がベスト5にランクインするというのはめったにないようなのだ。
テレビでは、一番、「言いたい事を言っている」というのを売りにしている面々だが、それはあくまで、テレビという制度内の話にすぎなかったのではないか。携帯電話というインターネットの世界に投げ出された彼等の声は、残念ながら「凡庸な年寄りの愚痴」にしかなっていないのだ。2chなどの匿名掲示板での辛辣な噂話に比べると誠に牧歌的なその老人達の戯言。BeeTVに人を呼ぶには彼達のメジャー感は重要だったのかもしれない。しかし、彼等の利用価値はそれだけだったのかもしれない。
和田アキ子の対談相手としてBeeTV「和田アキ子最強バトル!」に登場した太田光が必要以上にインターネットを嫌悪する理由がわかるような気がする。彼は独自の勘で、化けの皮がはがされる危険を察知しているのかもしれない。
【速報性への期待】
まずは速報性という問題。例えば、上記の東方神起のMOOLOGでは、6月中旬の大阪城ホールの楽屋の映像が6月の下旬にようやくアップされていた。編集、アプルーバル、エンコード、アップなどの手順はあるのは理解するが、2~3日後に見られれば、さらにリアリティが益したのではないだろうか。ニュースでは出来ていることだ。いろんな手順を省略すれば出来ないことはないと思われるがどうだろうか。
あるいは、正式版では様々な手順に2週間かかるとしても、例えば「ダラダラ版」などと称して、未編集映像を流すようなことは出来ないものだろうか。そちらも見る人は見るというスタンスであればアリだと思われる。
【尺の長さの可能性】
現在、docomoで流せる動画の容量は10MBである。そこで見るに耐えうる動画を配信するには、約5分程度の尺が適切だといわれている。それ以上になるとどうしても画質が劣化してしまうのだ。実際、BeeTVのドラマのいくつかは、10分近い尺のものがあるが、それによって画質が見るに耐えないものになっているものがないとは言えない。これが後にDVDとして販売することを踏まえた戦略というわけではないだろう。現時点ではここにひとつの限界がある。しかし、今後の、高速通信環境で、その制限は段々緩和されていくはずだ。
【物販との結びつき】
これも今後の課題だろう。映像を見せて、それをキッカケとしてものの販売をする。BeeTVでは実現していないが、今後、そういったサイトが増えてくるのは確実だ。自分にはそのノウハウ、アイディアはまだないが、今後、考えていきたい。現在、BeeTVというプラットフォームで一番、実現しやすいのは、AvexのPVのダウンロードビデオクリップとしての販売だろう。現在は勿論、ストリーミング配信だけだが、同時にビデオクリップ販売をすれば、ビジネスとして成立するような気もする。
そして、これは現時点では、テレビでは出来ない。携帯ならではの機能なのである。
【多様性への期待】
さらに、これもテレビでは出来ないことだが、例えば、東方神起のMOOLOGにしても、それぞれのメンバー各個だけにカメラが向けられ、それぞれがチャンミン編、ユンホ編、ジェジュン編...というような多用な選択肢を用意してもらうことは出来ないだろうか。同じ場面を別々のカメラで多角的に捉えるというのはマルチメディアでは最も得意な分野だと思われるが、今のところ、その可能性を生かしきった作品というものがないのが残念だ。
【インタラクティブ性への期待】
携帯電話とテレビとの一番の違いは、インタラクティブ性にある。これは当然のことだ。しかし、BeeTVではまだその機能が使われていない。
例えば、一つ企画を思いついた。それはこうだ。
多くのタレント達がある特定の有名人との思い出や体験を面白おかしく語る。あるいは、頭の中のイメージだけで似顔絵を描いてもらう。そして、その語られているのは誰だ?描かれているのは誰だ?というクイズを毎回出すのだ。そして、何人ものタレントに話を聞いていく(絵を描いてもらっていく)うちに誰かが判明していくというような仕掛けをつくってはどうだろうか。そして、最も早く正解を出したユーザーの中から何人かにプレゼントを出すという話にするのだ。
これならば、プレゼントという有用性と、タレント間の人間関係もわかったりする上に、ユーザーがインタラクティブに参加する事が出来る。
是非、ご一考をお願いしたいものである。
以上、BeeTVに関して、誠に勝手なことを書かせていただいたが、今後、携帯で動画という新たな未開拓分野での成長を、このBeeTVが引っ張っていって欲しいところである。
まさむね

J-POP »

[4 7 月 2009 | 2 Comments | | ]

w-inds.の2009年のツアー、Live Tour 2009 “SWEET FANTASY”が始まった。
今年は、パシフィコ横浜を皮切りに、8月28日の鹿児島までの全国ツアーである。
情報によれば、ツアー中、備え付けのラピナビという機械に携帯をかざすと特別サイトへアクセス、特別の待受けがゲットできるらしい。(知り合いからの写メ)
中でも注目なのはエレキーギターを演奏する緒方龍一の待受けだ。
そして勿論、このギターは、リッケンバッカー300、龍一のブログ『シャブログに散る!!』(リッケンばっかー 2007/7/30 )の記事の中でも出てくる代物だ。
このブログには、「先日札幌公演がありまして、そんときにおとったんからリッケンバッカーいただきました。」とある。
ご存知の通り、龍一の父親は、札幌のキャバーン倶楽部のマスターをされていて、キャバーン倶楽部といえば、ビートルズコピーバンドの聖地である。
そして、リッケンバッカーといえば、ビートルズのジョン・レノン、ジョージ・ハリソンの愛用機として有名だ。特にビートルズ初期のジョンレノンの象徴とも言えるほどの名機だと僕は思う。「All my Loving」「すてきなダンス」のリズムプレイ、「You can’t do that」のいかにもジョンらしいソロプレイ、そんな歴史的名演奏はリッケンから生れているのである。
おそらくこのギターは龍一の父親のいろんな想いが込められているに違いない。
そんなことを考えると、ビートルズ好きな父と、それを受け継ぐミュージシャンの息子への絆という物語が見えてくる。
ただし、この写真では、龍一は、かなり低い位置でギターを構えている。まるでZEPPELINEのジミー・ペイジ(左画像)のようだ。
これは私の想像であるが、(w-inds.のストイックさに明日の可能性がある)でも書いたが、龍一はZEPPELINEもお気に入りのはずだ。
そういう意味で、この待受けは、ただのアイドルの写真ではない。
ビートルズ、ZEPPELINE、そして、緒方龍一親子のコラボの一葉なのである。
そういえば、w-inds.のもう一人のメンバー涼平も、彼が敬愛するマイケルジャクソンの死に対して、ブログ涼平の充っ子クラブ ~AB-BOYでこんなメッセージを出していた。
この世にたくさんの影響を与え一つの時代を築いた素晴らしい人です。
亡くなってしまった事で本当に伝説になってしまいました。
良い音楽と良いダンスをありがとう!
簡潔な表現だが、心のこもった追悼の言葉ではないか。
このあたりも、w-inds.がただのアイドルではないことがお分かりいただけると思う。
さて、今からではチケットも難しい人は、会場には入れないとしても、とりあえず、会場近郊に出没して、待受けをゲットしてというのも乙なものかも。
そしてチケットを持っている人は、龍一がこのギターを弾くシーンがあるか、それもこのツアーでの一つの楽しみになるに違いない。
ちなみに、去年のツアーでは、「Fire Flower」という曲で、これまた名機、ストラットキャスターで、ギターの腕前を披露していた。
まさむね
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[2 7 月 2009 | No Comment | | ]

携帯電話の検索はPCの検索とは違って、最初の1ページに表示されるサイトの数に限定がある。
docomoで言うならば、検索結果画面のトップに来るのが「iメニューサイト」の4つ。
そして次に来るのが「その他ケータイサイト」の4つである。
おそらく、この8つに入ること、それがそのサイトにアクセスされるためには非常に重要になるのである。
そして、いかに1ページ目に表示させるようになるのかというSEO対策というのが大事になってくるわけだ。
しかし、どのようにすれば1ページ目に来るのか。xhtmlで規則正しく記述する。メタタグにキーワードを正しく入れるなど、ようするに基礎的な作法を守ることが第一になるのだが、それゆえに、役に立たないくせに、ただ、そういった作法を守っているというだけで頻繁に1ページ目に表示されてしまうサイトは逆に言えば目障りでしかたがないのである。
その代表格が「はてなキーワード」である。
残念なことに、僕はこの「はてなキーワード」で何か情報を得た記憶がない。それは明らかにWikipediaに、情報で劣るし、各種ブログには、情念で劣る。ようするに無用の長物なのである。それなのに、何故かのさばっている。
例えば、w-inds.という文字列で検索してみるとする。
「その他ケータイサイト」では次の順に表示される。
1位:w-inds.tv:ポニーキャニオンによる公式サイト
2位:w-inds.専用掲示板:ファンによるw-inds.に関する情報掲示板
3位:w-inds.涼平 Official Blog
ここまではわかる。しかし、4位に遂に現れるのが「はてな」である。
4位:w-inds.とは - はてなキーワード:「はてな」による極薄の情報
そしてここでページが変わってしまい、5位に「w-inds.」とは無料wiki、6位にVISIONFACTORYの公式サイト、7位に橘慶太のアメブロが続くのだ。まったくそれらのサイトを押しのけて「はてな」が来ることの公共的意味はどこにあるのだろうか。
「はてな」のスポークスマンであり、かつ、現代インターネット界の語り部・梅田望夫氏は、平野啓一郎との対談本「ウェブ人間論」でこのように語っている。

自分が取締役をしているから手前味噌になってしまうんだけれども、「はてな」というコミュニティってそういうもの(いわゆるエリートのコミュニティ)を目指しているところがあります。
今のところ「はてな」には知的レベルが高く能動的で先進的で、少しオタクっぽくって、IT好きというような匂いがあって、そうするとこのコミュニティが「面白い」と判断した結果として浮かび上がってくるコンテンツというのは、結構レベルが高くて面白かったりするわけです。

僕はちょっと待てと言いたい。「はてな - キーワード」のどこが知的レベルが高く、おたくっぽいのだろうか。確かに、「はてな」で書かれているブログのレベルは確かに高いと思わせるものがいくつもある。しかし、それはあくまで、その場で書いている人々のレベルが高いということである。
一方、「はてな」のデータベースたるこのキーワードのレベルの低さは、ただ邪魔なだけである。その昔、インターネットの世界では「べっこうあめ差別」というメアドドメインによる遊び的差別があったが、僕ははてな-キーワードを間違えてクリックしてしまうことを、敢えて、「はてな踏み」とでも呼んで、「失策」の代名詞にしたくなる衝動すらある。
インターネットの世界では同じようなものは2つは必要ない。そういう意味で、ここは一つ、「はてな」はWikiに対して、全面的な敗北を認めて、御勇退してほしいものだ。
もしも、梅田氏が本当に、インターネット全体のためを思うのならば、明日にでも出社後すぐに、「はてな -キーワード」のサーバーの灯を落としてほしいものである。
まさむね